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〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


by bookrium
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タグ:詩とか ( 60 ) タグの人気記事

FEELIN' GROOVY

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写真はスターバックスの5年位前の紙袋をブックカバーにしたもの。この柄が好きでずっと捨てられず使い道もなかったのが、ちょうどよいサイズだった。マチを折り畳んだだけでポケットが。ごわごわした紙がいいです。気に入り。
中身は松浦弥太郎『今日もていねいに。』これも好き。

この歌も好き。Simon and Garfunkel 「 The 59th street Bridge Song(Feelln' Groovy)」
聞くと、松浦弥太郎『くちぶえカタログ』の最後にある「旅先で見た町のはなし」を思い出す。
下のは自分の訳。英語は成績よくなかった。しばらくしたら消すかも。

   

 ゆっくり行こう、きみははやすぎるんだ
 朝食も終わったし
 石ころでも蹴りながら
 楽しみをさがして すてきなことを感じてみようよ
 すてきなことを感じてみようよ

 ハロー ランプポスト君、調子はどう
 ぼくは君の花たちが育つのを見にきたんだ
 ぼくのためにいい詩はないかい?
 すてきなことを感じてみようよ
 すてきなことを感じてみようよ

 やるべきことも
 守るべき約束もない
 ぼくはウトウトして眠りそう
 ぼくに朝の花びらを降らしておくれ
 人生、きみを愛しているよ
 すてきなことを感じてみようよ

 ゆっくり行こう、きみははやすぎるんだ
 朝食も終わったし
 石ころでも蹴りながら
 楽しみをさがして すてきなことを感じてみようよ

by bookrium | 2010-01-21 01:32 | | Trackback | Comments(0)

寺田寅彦『柿の種』

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〈日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕切られている。
 このガラスは、初めから曇っていることもある。
 生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。
 二つの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴が一つ明いているだけである。
 しかし、始終ふたつの世界に出入していると、この穴がだんだん大きくなる。
 しかしまた、この穴は、しばらく出入しないでいると、自然にだんだん狭くなって来る。
 ある人は、初めからこの穴の存在を知らないか、また知っていても別にそれを捜そうともしない。
 それは、ガラスが曇っていて、反対の側が見えないためか、あるいは……あまりに忙しいために。
 穴を見つけても通れない人もある。
 それは、あまりからだが肥り過ぎているために……。
 しかし、そんな人でも、病気をしたり、貧乏したりしてやせたために、通り抜けられるようになることはある。
 まれに、きわめてまれに、天の焔を取って来てこの境界のガラス板をすっかり熔かしてしまう人がある。〉
短章 その一(大正九年五月)

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才能、というのはこの最後の行のことなのだろうな、と思う。
〈天の焔〉は、曽野綾子の『星と魚の恋物語』の健次の火が重なります。
『柿の種』は15年位?前に、本木雅弘さんと中野翠さんが紹介していて、興味を持ちました。
「他処行き」の随筆とは違う、〈心の忙(せわ)しくない〉短文。


〈宇宙の秘密が知りたくなった、と思うと、いつのまにか自分は一塊の土くれをつかんでいた。そうして、ふたつの眼がじいっとそれを見つめていた。〉


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by bookrium | 2010-01-11 15:23 | 好きな本 | Trackback | Comments(2)
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高校生の時、好きだった句。
秋の山は点描画みたいで、すべてが美しいと思う。
by bookrium | 2009-11-27 00:01 | 奥能登歳時記 | Trackback | Comments(0)

『虹色の蛇』と珈琲

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屋久島の珈琲店から一緒に送られた、長沢哲夫さんの詩集。
by bookrium | 2009-11-19 21:50 | 本のまわりで | Trackback | Comments(0)

          〈細い将来しか
           山峡に描けず
           索漠とした
           家に生まれ
           手にしたものは本しかなかった〉


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11月2日に届いた、金子彰子さんの私家版の詩集『二月十四日』。
先日、「いま気になるもの」のひとつとして取り上げたところ、ご本人よりコメントがあり、縁あって1冊いただきました。表紙に直接メッセージが書かれていて、ちょっとびっくりしました。ありがとうございます。

この詩集ができるまでの一連の流れ、金子さんの詩、人と人の縁、というものに注目していました。でも自分が手に取れることはないだろうと思ってブログに取り上げたので、どしゃぶりの雨風の強い日にポストに入っているのを見た時は、おぉと思った。コピーをホッチキスで留めた、ご自分で製本した、17篇を収めた薄い詩集です。桃色の和紙の裏表紙がかわいらしい。
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表題作の「二月十四日」は金子さんが十代の時に書かれた詩。それは井坂洋子『ことばはホウキ星』という本に収められ、いくつかの詩は雑誌『鳩よ!』に掲載された。
しかし表現の場を見つけられず、いつしか詩作を止め、働き、生活されていた。

〈「二月十四日」が生まれてから、このささやかな詩集を編むまでに、四半世紀の時が流れています。〉


あとがきで金子さんはそう言います。
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金子さんを触発したのは、今年の3月に東京で行われた、詩人のpippoさんとライターの岡崎武志さんのライブ&ポエムショーで朗読された、15歳の自分が書いた詩「二月十四日」でした。
その詩は岡崎さんのブログで紹介され、山本善行さんのブログに広がり、お二人と出会った金子さんが「書かないなんてもったいない」という言葉に、また詩を書き始める。
金子さんは自分の詩の表現の場に春からブログを開設し、今の生活から生まれた詩と、『鳩よ!』に掲載された過去の詩が同居する。それらの詩を目に留めた人たちが、またブログなどに書き、広がってゆく。金子さんも刺激を受け、過去の少女の詩と今の詩を合わせた17編をまとめた、手作りの詩集を作る。あとがきは、40回目の誕生日に書かれた。
そして、金子さんは東京の古書店「音羽館」や、京都の古書店「善行堂」に無料の詩集を置き、完成した詩集が欲しいというひとたちが現れ始める。その一人が、自分でした(でもたいへんそうなのでご本人のブログには書き込めなかった。そのころはスムースでいつか本になるかな? という可能性を持ってた)。

京都・知恩寺での古本まつり、それに合わせて10月31日に仕上がった20数冊の詩集を持って善行堂さんへ行った金子さんを待っていたのは、金沢の出版元・龜鳴屋さんの、あらためて詩集にしませんか、というお誘いでした。
そして、金子さんの手元から→京都→金沢(龜鳴屋)→〠→能登を移動し、わたしのところまで『二月十四日』がやって来ました。

〈昨日のことを考えていたら、いつもの仏壇屋の前、信号待ちで目と鼻から泪が。たとえ、それが文学ではないとしても、おまえはどうしても書きたいことがあるんだとルームミラーの自分を見て思った。それを掘り起こしていただいた方々に感謝を捧げる。〉


11月1日「忘れないように」と書かれた、金子さんのブログ。金子さんの詩や言葉からは、いつもひたむきさが伝わります。照れのない、真正面さ。半年で、人はここまで突き進むのだと。いつの日か、本当に1冊の本になったらいいなと思います。
冒頭に一部引用した「本」という詩が好きです。この詩を読んでいたから、詩集を欲しいと思いました。これはたぶん現在の金子さんが書かれた詩かと思います。

たまに、自分の針が振れる言葉が世の中にある、と思っていた。
これは、振り切った。
〈たとえ、それが文学ではないとしても、〉この一篇に引き寄せられる人は、まだ現れると思います。



          〈細い将来しか
           山峡に描けず
           索漠とした
           家に生まれ
           手にしたものは本しかなかった


           粘土に彩られた町で
           生計をたてていくすべをしるも
           地縁もなく
           しゃべれば不興を買う
           失笑の生活史
           貝のように生きて 
           ざるの底で見つけたのは
           あの言葉だったろうか


           ながれてゆくには障りがあると
           それをかみちぎり
           放擲したつもりでも
           胸をさわれば
           しずかな文字たちが
           海の砂のように
           確かにつもって
           しずんでいる〉





by bookrium | 2009-11-04 17:18 | 好きな本 | Trackback | Comments(2)

十三夜

陰暦十三夜の月「十三夜様」は縁起の良い月とされ、拝むと成功するという。

十五夜だけでなく、十三夜も月見をするそうです。片方しか月見をしないのは縁起が悪いという地域もあるそう(いままで気にしたこともなかった)。
十六夜とか十三夜とか、完全よりわずかな欠けが昔の人は好きみたいですね。
後(のち)の月や二夜(ふたよ)の月とも、栗名月や豆名月とも、地方によっては女名月と呼ばれたそう。

十三夜関係ないけど、この句は好きです。

〈月かげのまんなかをもどる〉
種田山頭火
by bookrium | 2009-10-30 23:12 | Trackback | Comments(0)
 
       〈私は何処に行くか
     
        瓦斯(ガス)が不足です

        風船の尾に私の名を書いた短冊をむすび

        私を昇天さしていたゞきませう

        私の生活は空の中に

        私の栄誉は炸裂すること

        私は私の名と共に

        この世に何も残したくはない。〉
『私に就いて』昭和3年

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すこし前まで徳田秋聲記念館で行われていた「島田清次郎展」。
いろいろ印象深かったです。いろいろ思うところあり、細かく感想を書く意欲なく。

前期ではたまたま行った日に、企画展示室で学芸員さんのギャラリートークも聞けました。
展示を見て胸をつまらせていた中年女性が印象に残ります。

清次郎は保養院でも冒頭のように詩(風船の登場が多い)や小説を書いていたのですが、自分の人生を振り返ったような未完の長編小説を残しています。『生活と運命 第一巻 母と子』という綴られた草稿がありました。本人の字ではなく、複写した厚い原稿の束。島田清次郎と母のつながりに興味があったので(母は清次郎の没後2年後位に亡くなっている)、これが現物か…と思った。どこかで内容を読めないのかなと思っていたので尋ねたら、学芸員さんに1983年の「昭和文学研究 6」の小林輝冶氏が島田清次郎の草稿を紹介したコピーをいただきました。うれしいことでした。

一番印象に残ったのは、保養院時代の清次郎の手紙です。
佐藤春夫、室生犀星、加能作次郎へ宛て。住所を書いて、切手も貼っていた。
便箋はすべて白紙だった。
清次郎が何を書きたかったかは誰にもわからないし、書けなかったのかもしれないし、ただ書く前に死んだのかもしれない。

名前を忘れたけど、編集者(?)の人からの葉書の最後に「地上のファンでした(意訳)」と書かれた部分だけグシャグシャに消してあったのも、印象に残りました。


展示は、島田清次郎がかつて本当に生きていたのだな、と思った。
父を知らない貧しい生活。その内の栄光は20歳からのほんの数年。25歳以降、地上に出ることも叶わず死んだ。清次郎が本当に病気だったのか、一時的なもので、回復し退院可能な状態だったとしたら、残した詩のあきらめの漂う明るい絶望感も伝わるのでは、と思います。
神童と言われた小学生の時に、本を抱えて凛々しい顔をして、母と撮った写真が好きでした。

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    〈われわれは彼から嗤はれる日が来ないとすれば、それでよし、

     われわれは彼から嗤はれる日が来ないとすれば幸ひである。

     但し、われわれを嗤ふ者は彼ではなく彼の様々な言葉である。

     彼は一度も嘗てわれわれが嗤ったごとく嗤ったことはなかった。〉


                  横光利一「文芸時代」大正14年

by bookrium | 2009-10-28 01:32 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)

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〈この浦に蓮の根を噛むふるさとの糸曳くはちすうら恋につつ〉
尾山篤二郎

〈ほのぼのと 舟押し出すや 蓮の中〉
夏目漱石


写真は前に撮ったもの。
漱石の蓮は、睡蓮のことを言ってるのだろうか(蓮の中に舟出せるのか?と思って。でも、水深が深いと蓮の浮き草ばかりになって睡蓮のような状態になるそう)。

蓮の花は夏の早朝に開いて、お昼過ぎには閉じるそうです(咲くときにポンと音がするともしないとも言われます)。
花の開閉を3日繰り返し、4日目には、開いたまま花びらを落として散ってしまいます。

蓮の葉は水滴を弾くようになっていますが、昔の人は「碧筒杯(ヘキトウハイ)」という、葉に酒を注いで長い茎の下端をくわえて飲んだりしたそうです(現代でもやってみた人の写真を見た)。


蓮の花言葉は、「神聖、純潔、清らかな心、離れゆく愛、遠くに行った愛、沈着、休養」など。
by bookrium | 2009-10-02 21:22 | 本のまわりで | Trackback | Comments(0)
白居易の詩から。
人間世界から離れた寺院で人知れず咲いていた花に、白居易は名をつけた。
紫陽花は日本固有の花なので、白居易の見た花は別の花とも言われる。

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いろんな色がある紫陽花の花言葉は、「移り気、浮気、無情、冷酷、辛抱強い愛情」など色々。
by bookrium | 2009-07-04 23:31 | 奥能登歳時記 | Trackback | Comments(0)

「天上の櫻」宮崎孝政


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  「天上の櫻」

 櫻の花はちらないのだ
 いく日かののちに
 すこしずつ枝から天へせりのぼつて
 天でまた ぼんやり咲くのださうだ



宮崎孝政は明治33年(1900年)に生まれ、昭和52年(1977年)に亡くなった、七尾出身の詩人。
写真は柳田の植物公園の桜。


by bookrium | 2009-04-19 23:16 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)