〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


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雨水初候・土脉潤起(つちのしょううるおう)The Earth Becomes Damp……雪が春の雨に代わり、大地に潤いを与える頃。

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〈ジャン・ジャック・ルソオは『自然に還れ』という。そして私は思う。自然に還れねばならぬ程自然を置去りにして社会に出かけた不幸な人々で如何に隙間もなく文化の世界が埋められていることかと。〉

平凡社STANDARD BOOKS中西悟堂『フクロウと雷』の末尾が「自然没入者の断想」です。1932年、36歳。
中西悟堂は明治28年金沢生まれ。

昆虫、鳥獣、植物の生態の観察は、限りない興味の秘密箱だという著者。神の無限の才能と創造力を見るような精巧さ多様さの万華鏡。〈智的な人々〉は、これらの生物の無尽の興趣に茫然自失することだろう、と。

〈自然の環境に置かれてある限り、人々は常に美と徳との善き調和の中に置かれている。〉

人々が自然を置き去りにし、小鳥や花や昆虫にまかせていることが文化だろうか。都会に鳥の訪れが少なくなったように人々の心に真の文化が少なくなり、古代の民が神聖視した樹木が駆逐されてゆくように人々から自然への敬虔の念が駆逐されつつある。

〈もしも人が自然の中にあって、自然の気質に無関心であるなら、最早そこには生命の調和がなく、人はただ心臓を鼓動させる一個の原始的生物、もしくは一個の物質となるであろう。〉

花や昆虫が人類に与えてくれたなぐさめ。どのような人の歳月にも、戦禍の大地にも、春は巡ってくる。
もう一度自然の中へ帰って、これらの言葉を綴る。
てんとう虫の行動を見ていたり、夏の小川に半身を浸して蜻蛉の産卵を眺めていたり、6月の林の中で巣の卵を抱いている親鳥の姿を見つめている、そんな人々は純真な驚きの心と、庇護の心とをもって、神聖に自然と対している。

〈私が所有したいものも亦、その目と配慮とに外ならない。〉








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by bookrium | 2018-02-19 21:48 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
立春末候・魚上氷(うおこおりをいずる)Fish Rise From the Ice……氷がぬるみ、割れた氷の上にに魚が飛び跳ねる頃。

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〈われわれは大きい自然の中で生きている。この自然は、隅の隅まで、精巧をきわめた構造になっている。その構造には、何一つ無駄がなくて、またどんな細かいところまでも、実に美しく出来上がっている。〉

平凡社STANDARD BOOKS 中谷宇吉郎『雪を作る話』の巻頭が「自然の恵み」です。1951年、51歳。
恩師の寺田寅彦が書いていた、精巧につくられた造花でも虫眼鏡でのぞいてみると汚らしいが、どんなつまらぬ雑草の一部でも顕微鏡でみると驚くほど美しい、という言葉。

〈そのものの深い奥底くにかくされた造化の秘密には、不思議さと同時に美しさがある。そしてその不思議さと美しさとにおどろく心は、単に科学の芽生えばかりではなく、また人間性の芽生えでもある。〉

水蒸気が〈かく〉にくっついて出来たきわめて小さい氷の結晶。上空で出来た氷晶がゆっくり降ってくる間に、さらに水蒸気が凍りつき、だんだん大きくなって、地表に雪の結晶が降ってくる。
小人の国の勲章のような美しい結晶に、人々は気づかない。

〈自分の眼で一片の雪の結晶を見つめ、自然の持っている美しさと調和とに眼を開くことの方が、ずっと科学的である。〉

顕微鏡を必要としない美しさ、科学への心。雪に限らず、人々の周囲にはあらゆるものが、常に自然の美しさと調和、全体の姿をあけ放している。
科学の普及が〈自然の女神の恵み〉を人間が受け入れる邪魔をしないことを希望する著者。

〈科学の進歩が、原子爆弾を作ることだけに役立つものならば、科学はむしろ進歩しない方がよいかもしれない。〉

原子力は人間の科学史上で勝利の一方、幸福をもたらすのか。
雪の結晶が空から降り積もることについて、親しみやすい案内の文章の中で、戦後6年の文章には原子爆弾の生々しさがあります。

〈しかし科学はたしかに人間の幸福に役立つものであって、その一つに、新しい美を発見する大切な要素があることを忘れてはならないのである。〉









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by bookrium | 2018-02-14 00:00 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
立春次候・黄鶯睍睆(うぐいすなく)The Nightingale Sings……春告鳥と呼ばれるうぐいすが鳴き始める

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平凡社STANDARD BOOKS 串田孫一『緑の色鉛筆』の末尾に収められた一篇が、「原子力と思考」です。1956年、41歳。

朝の放送で聞いた英国の古い歌。著者が不安について考える時に思い出される楽器の響き。
不安の芽生え。言葉で捉えきれない不安というものは、哲学、心理学、病理学でも、不安そのものはどうなる訳でもなかった。

〈けれども、ビキニの実験以来の僕たちの不安は、多くの虚像を伴った不安とは全く質の異うものである筈である。肉体が破壊され、生命がおびやかされる不安である。〉

事件以来、科学者の説明を他人事のように聞けず、直接交渉にあたる政府のあいまいな無責任な言葉に呆れる。
これらの人々に怒りを示すのは当然だが、その前に自分たちの問題が沢山残っている。
放射能の事件を笑って忘れようとする誘惑。笑いが不安をほぐそうとする。

〈人間は忘却という全く副作用のないらしい薬をのみ下すことによって、逃避をつづけながら、生命を存続させている。〉

〈しかし忘れてはならないものもある。何もかも忘れてしまうのがよいことではない。〉

この本は2016年に出版されました。2011年の放射能事故に、1954年のビキニ水爆実験への言葉が重なり、揺さぶります。
新たな不安、恐怖の実感を正直に味わう。勇気を持ち、意地も張る。

〈そして、これは今の僕たちには実につらい努力なのだが、この不安の中から、人間の善意を信ずることができるような、僅かな光を正確に見届けたいのである。すがりつく糸としてではなく、人類の新しい信頼の道として。〉





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by bookrium | 2018-02-09 00:00 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)

東風解凍--『柿の種』

立春初侯・東風解凍(はるかぜこおりをとく)Spring Winds Thaw the Ice……東から吹く風が厚い氷を解かし始める時季。立春を過ぎて最初に吹く強い南風が春一番。

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〈日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕切られている。
 このガラスは、初めから曇っていることもある。
 生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。
 二つの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴が一つ明いているだけである。
 しかし、始終ふたつの世界に出入していると、この穴がだんだん大きくなる。
 しかしまた、この穴は、しばらく出入しないでいると、自然にだんだん狭くなって来る。
 ある人は、初めからこの穴の存在を知らないか、また知っていても別にそれを捜そうともしない。
 それは、ガラスが曇っていて、反対の側が見えないためか、あるいは……あまりに忙しいために。
 穴を見つけても通れない人もある。
 それは、あまりからだが肥り過ぎているために……。
 しかし、そんな人でも、病気をしたり、貧乏したりしてやせたために、通り抜けられるようになることはある。
 まれに、きわめてまれに、天の焔を取って来てこの境界のガラス板をすっかり熔かしてしまう人がある。〉

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寺田寅彦の『柿の種』は今までも紹介しています。岩波文庫の最初に収められたこの短文は大好きな文です。以前もこのブログに載せています。
二つの世界を行き来していきたいな、と思います。それは、生活と詩であったり、陶芸と古本であったり、ブログと雑誌であったりします。
ずっと狭くなっていた穴を、広げて通り抜けられるように。
去年は続けられませんでしたが、大正9年に書かれた寅彦のこの文をきっかけに、能登の風景に涼しい風通しのいい本を集めたカテゴリ〈涼風本朝七十二候〉を始めたいと思っています。





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by bookrium | 2018-02-05 12:55 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
黄鶯睍睆(うぐいすなく)The Nightingale Sings……春告鳥と呼ばれるうぐいすが鳴き始める

〈世界を、こんなふうに見てごらん。
この本を、これからの少年少女と大人に贈る。
人間や動物を見るときのぼくなりのヒントをまとめたものだ。
生きているとはどういうことか。
豊かな見方をするといいと思う。〉「はじめに」

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2010年1月に発表された、日高敏隆『世界を、こんなふうに見てごらん』。
これは動物行動学者の著者の最後の著作。2009年11月に亡くなられ、著者の代わりに「あとがき」は12月に今福道夫氏が書かれています。

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〈先生は最後まで、自分が見て感じたものを書き残そうとしていた。〉「あとがき」

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by bookrium | 2017-02-08 22:04 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
東風解凍(はるかぜこおりをとく)Spring Winds Thaw the Ice……東から吹く風が厚い氷を解かし始める時季。立春を過ぎて最初に吹く強い南風が春一番。


〈自然科学者が書いた随筆を読むと、頭が涼しくなります。科学と文学、科学と芸術を行き来しておもしろがる感性が、そこにあります。〉「STANDARD BOOKS 刊行に際して」平凡社

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〈(前略)何冊かお借りして読んでみたところ、わたしの知っている読書とは違う感じがしました。/小説の読後感とは違うのです。/乾いた涼しい風が吹いてくる読書なのです。〉

高野文子の『ドミトリーともきんす』のあとがきより。このまんがは2014年に中央公論新社から発行されました。

〈科学の本棚〉を前にした、お母さんの〈とも子〉と娘〈きん子〉。
本棚の背表紙を見て〈懐かしい名前だわ。〉と、とも子が言ったのは、〈朝永振一郎〉〈牧野富太郎〉〈中谷宇吉郎〉〈湯川秀樹〉の4人。

とも子は娘きん子に、語ります。
〈ううん。会ったことはないわ。お母さんよりずっと年上だもの。〉
〈10や20ではたりなくて、100に近いくらい上の人なのよ。〉
〈会ってみたかったな。ただ、とっても偉い人達だから、お母さんは、あがっちゃって何も言えないと思うけれど。〉
〈だけどもしもよ。彼らがまだ世に出る前の若者で、これまた不思議なことに、わたしたちのご近所さんだったとしたなら、〉
〈こんにちは、ごきげんいかが?って、声をかけてみたいわ。〉

朝永振一郎は「子どもたちに向けた言葉」として、こんな言葉を残しています。

〈ふしぎだと思うこと これが科学の芽です
よく観察してたしかめ そして考えること これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける これが科学の花です〉

科学者がいかに科学の花を咲かせたか、彼らの視線のゆくえ、残した言葉を辿り、いま読み直すこと。
その手掛かり、案内人のような1冊です。

とも子ときん子がまかなう小さな山小屋のような下宿、ドミトリーともきんす。その2階には科学の勉強をする学生が住んでいます。トモナガ君、マキノ君、ナカヤ君、ユカワ君。
トモナガ君は鏡と物理学について考えたり、マキノ君は梅を描き、ナカヤ君は中庭で雪の観察をします。

〈さて、きん子さん。雪は 天からの手紙だということを 知っていましたか?〉
〈いいえ、知りませんでした。お手紙、読んでよんで。〉
〈ちょうど一通届きました。これを読んでみましょう。〉

ユカワ君はきん子とお豆のスナックを食べ、数について考えます。ポリポリたべるふたりの絵が可愛くて大好きです。
ユカワ君はこんな言葉も言っています。

〈科学とは/いっぺん遠いところへ行くことなのです。/遠いところへ行ってみると、ようわかることがありまして。〉

とも子はユカワ君に尋ねます。
〈科学が進めば、いつかケガや病気を恐れずにすむ日がくるでしょうか。〉
〈ともきんすに住むみなさんが、たくさんの計算をつめば 将来におこる物事を前もって知ることが、できるのではありませんか?〉

ユカワ君はとも子は「可能の世界」に住んでいると話します。
実現を待っている無数の事実から、どれが選ばれるか決定する「法則」はいまのところ見つかっていない。
どんなにたずねても「確率」としか言えないことで、とも子は不運のあきらめもつきます。

〈ひるがえせば、希望があると考えても、さしつかえないわけだもの。〉

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このブログの新しいカテゴリ「涼風本朝七十二候」は、1年かけて、季節を感じながら、〈涼しい風〉が吹いている本を読んでみようと思います。
いまは私は小説を積極的に読めないけれど、涼しい本なら、手に取れる気がします。

〈境界を越えてどこでも行き来するには、自由でやわらかい、風とおしのよいこころと「教養」が必要です。その基盤となるもの、それが「知のスタンダード」です。手探りで進むよりも、地図を手にしたり、導き手がいたりすることで、私たちは確信をもって一歩を踏み出すことができます。〉「STANDARD BOOKS 刊行に際して」平凡社

「科学の本棚」の前で、とも子は語りかけます。

〈「ドミトリーともきんす」はまもなく閉館ですが、ご安心ください。棚にはまだ、たくさんの本が並んでいます。〉



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by bookrium | 2017-02-06 00:16 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)

夏至――『六月』

夏至……太陽が天球上で夏至点に達し、北半球の昼の長さが一年で一番長く、夜が一番短くなる日。
北回帰線上の観測者から見ると 夏至の日の太陽は、正午に天頂を通過する 。

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〈海の青が薄くなると、それだけ、空の青が濃くなってゆく。
 街に青のスーツが目立ってくる。それに従って、山野の青が消えてゆくのだ。
 六月――、移動する青の一族。その隊列を横切るために、私は旅に出なければならぬ。〉
『井上靖全詩集』より
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by bookrium | 2014-06-21 00:54 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)
芒種……稲や麦など芒のある穀物の種蒔きの時期。蟷螂や蛍が現れ始め、梅の実が黄色くなり始めるころ。


〈私は昨日、或る人が自分の能力を精一杯花ひらかせた、その成果を、展開して見せている展覧会を見に行きました。私はその人が三、四年前、その仕事を始めたときのことを知っています。その人はただ一直線に自分の道に進んだのです。それは、はた目には、まるで狂気じみた自信のように見えました。この人の自信とあなたのとは、全く別種の自信です。いつも平常心をもって、深く潜行する、ゆるぎのない自信。これがあなたの自信です。あなたはそれを最初から持っていたように、私には思われます。〉

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〈私は固く信じているが、人の中には、駄目な人は一人もいないものである。人と人との相違は、その人が自分の好い芽をひらかせるような気でいるか、或いは摘み取って了うような気でいるか、その違いである。
 誰にでも、その人の持っている芽、と言うものがある。その芽を太陽のよく当たるところへ出して、ときどき水をやり、肥やしもやっているか、或いはそこら中へおっぽり出して、まるで構わないでいるかで、勝負は決まる。〉宇野千代『行動することが生きることである』より

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by bookrium | 2014-06-06 00:00 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

当世本二十四節気

カテゴリの〈当世本二十四節気〉の中は、内容がゆるく分かれています。

はじまり

2009年2月から2012年5月までは小説がメイン。あまり書かなかった年もあります。

2013年4月から2014年3月までは詩。

2014年4月からは短文。


いつもその時その時の思いつきで本を選んでいます。季節やその時の気持ちに、ゆるく沿っています。その頃亡くなった作家を取り上げた時もありました。
もっと知っていたら、取り上げる作品の幅があるだろうなと、いつも感じています。

書いた中で好きなのは、『遠いアメリカ』『夏の読書』『晩年』です。



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by BOOKRIUM | 2014-05-11 20:12 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)
立夏……太陽の光がいよいよ強くなってきて、夏の気立ちが昇るころ。この日から立秋の前日までが夏。


〈私は誰に教わったわけでもない。兄も又、知っていたわけではない。私達は共に生きて行くのに助け合わねばならなかった。助け合うという気持さえなかったかも知れない。成長して離れて一人ずつの人間になる前に、兄は死んだ。〉

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〈男を愛し子を産んだ。子を産むことで、私は与えるだけの喜びを知らされた。それは私が創ったわけではない。子供が誕生と共に私に与えたものであった。
 愛した男を失った。それは私の中で失われ、失われたものをまじまじと見つめる地獄を知った。あらゆる宗教はやがて失われていく愛をおそれた人間の知恵が創ったのかも知れない。
 ゆるやかに崩壊していった家庭を営みながら、私は一冊の絵本を創った。一匹の猫が一匹のめす猫にめぐり逢い子を産みやがて死ぬというただそれだけの物語だった。
「一〇〇万回生きた猫」というただそれだけの物語が、私の絵本の中でめずらしくよく売れた絵本であったことは、人間がただそれだけのことを素朴にのぞんでいるという事なのかと思わされ、何より私がただそれだけのことを願っていることの表われだった様な気がする。〉「二つ違いの兄が居て」佐野洋子



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by bookrium | 2014-05-05 21:15 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)