〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


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啓蟄(けいちつ)……冬ごもりをしていた虫(蟄)が、穴を開いて(啓いて)動き出す日。一雨降るごとに気温があがってゆき、春に近づいていきます。日差しも徐々に暖かくなってきます。


〈この話の主人公は、大そう年をとつた鰐である。〉

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レオポール・ショヴォ原作、山本夏彦翻訳の『年を歴た鰐の話』。

若い頃ピラミッドが建てられるのを見た鰐。
ナイル河の湿気が体にこたえて養生したが、辛抱できずにある日、家族を一匹食べる決心をする。
曾孫をかじっているところを、その母は見つけてしまう。

〈母親はにがい涙を流した。〉

鰐は追放され、十二本の足があるという蛸と友だちになる。

〈「そんなにたくさんの足で、何をするのだ。」
 「普通、足ですることなら何でも出來てよ。鼻や背中だつて掻けるし、歩いたり、泳いだり、魚をつかまえたりしますわ。ホラ、この魚、あげませうか。」〉


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蛸に御馳走してもらい、二匹はぐっすり眠った。〈もし、この蛸を食べたら。〉先に目をさました鰐は、自問自答する。
鰐は毎晩蛸の足を食べた。

〈彼は、彼女の好きな魚をとつて帰つた。彼女を日のあたらない岩かげに移して、つめたい昆布の寝どこの上にのせた。
 彼女は、彼が自分を愛していることを感じて、大そう幸福に眠つた。〉


夜になり、蛸を愛している鰐は、蛸を食べたくてたまらなくなる。

〈彼は彼女を、ほんとうにうまいと思つた。
 けれども、食べ終わるが否や、にがい涙を流した。〉



年を歴た鰐の話
年を歴た鰐の話
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レオポール・ショヴォ
文藝春秋
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by BOOKRIUM | 2012-03-05 12:48 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

山本夏彦「みれん」


〈このごろ私はひとりごとを言うようになった。生きている人は死んだ人の話を聞いてくれない。一度は聞くふりをするがそれは「義理」で、二度とは聞いてくれないから私は死んだ妻の話ができない。〉


文藝春秋から昭和63年発行された、山本夏彦『生きている人と死んだ人』の最後の一篇「みれん」。好きな一篇。
7年ガンをわずらって、妻は死んだ。毎年のように入退院をくりかえしていた。

〈入院すれば私はひとり置きざりにされる。〉


壁に貼られたポスターの裏に、妻がマジックで書いておいた注意。

〈戸締り。台所・風呂場のガス元栓。ストーブ・アイロン。燃えるゴミの日、燃えないゴミの日などと大書してある。私は毎朝それを仰ぎ見て十なん枚の雨戸をしめ、片手に靴、片手にカバンを持って泥棒のように勝手口から出るのである。〉


妻が死んだ後も、入院していたときと同じように、ポスターを仰ぎ見て家を出る。

〈私は死んだ人のさし図をうけている。〉


天気のいい日には妻の蒲団をほし、箪笥の引出しにぎっしりつまった衣類を気にし、薬箱に残った薬の日付を見て、このときはまだ歩いていた、このとき肺ガンを発見してくれさえすれば、と〈みれん〉は尽きない。

〈下駄箱には履物が揃っている。いつ帰ってもその日からもとの暮らしができる。〉


自分の衣類をさがして、これも妻のマジックで書いてあるのを見つける。

〈私は夜ふけてまっくらな家へ帰る。カバンのなかに懐中電灯を二つ用意して手さぐりでどちらか触れたほうで勝手口のドアのカギ穴を照らして常のごとく忍びこむうちにひとりごとを言うようになったのである。「いま帰ったぞ」「晩めしは食ってきたぞ」「雨の晩はいやだな。両手がふさがってカギをあけるのに手間どって」。〉


子供たちが怪しんでも、形見のかたまりのこの家をこわして、新しく建てる気にもなれない。

〈私はこれまでよろこんで生きてきたわけではない。それは絶望というような大げさなものではない。むしろ静かなものである。ただ原稿の締切だけは守っている。習慣だろう。私的なことは書けないから今もにくまれ口をきくこと旧とかわらないが、それは浮世の義理である。生きているかぎり元気なふりをする義理はあるのである。〉


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by bookrium | 2012-02-20 23:14 | 好きな本 | Trackback | Comments(0)