〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


by bookrium
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

タグ:加能作次郎 ( 9 ) タグの人気記事

作次郎のひとり言

c0095492_21500285.jpeg

〈私のこのやうな作品は、小説として本格的なものかどうかの論はさし置いて、恐らく今日の時代に於て、非時流なものだらうと思はずに居られない。〉「ひとり言(序に代へて)」

事変以来、戦争小説、国策物が増えてきた中で、便乗することも好むこともなかった加能作次郎。
私小説や心境小説の類は影をひそめた、その代わりに、〈時流的なあまりに時流的な、また、小説的なあまりに小説的な作品が多過ぎるのも事実である。〉

父について、母について、お信さんについて、珠のような小説を書いた。

〈さういう中に、このやうな私の作品集の一冊位はあつても、却つて変つてゐていいかも知れない。〉

昭和16年7月下旬に作次郎は記し、8月5日に急死した。
久しぶりの作品集『乳の匂ひ』の朱を入れた校正刷りが枕元に置かれる。表紙の字を10枚も20枚も下書きした『乳の匂ひ』は、没後すぐに刊行された。

〈矢張り相変らず自分自身の片隅で、自分自身の声に耳を傾けながら、恰も靴屋が靴を作るやうに、こつこつと自分の身に適つた作品の製作に精進してゐる外はなかつた。〉

広津和郎は「美しき作家」で友人加能作次郎について書いている。

〈時流に迷わされる事なく、彼自身の道をとぼりとぼり歩いて来たといへる。〉

〈異常に正直な加能君は、文壇に生きる戦法を知らなかつた。いや、知つてゐたとしてもそんな戦法を彼は取ることが出来なかつた。彼が材料の範囲を拡げずに、みづから狭い範囲にくぎつたのも、恐らく彼のはにかみからに違ひない。〉



[PR]
by BOOKRIUM | 2018-09-08 21:48 | 北陸の作家 | Comments(0)

加能作次郎の痕跡

c0095492_20132392.jpeg

石川県立図書館に加能作次郎が生前自著を寄贈しているのは、年表を見て知っていました。
大正9年12月博文館発行の『厄年』。25歳から小説を発表して、このころ35歳。写真は大正10年3月の再版。1円80銭。
c0095492_20170334.jpeg
ページをめくると、御成婚記念のハンコ。のり付けで誰の御成婚かわからない。
c0095492_20185036.jpeg
このページを見て、加能作次郎が確かに生きていたんだな、とうれしくなりました。西海風戸の海や景色、お墓や、生家や、作品に、加能作次郎の世界は生きていますが、〈昭和二年三月十六日 加能作次郎氏寄贈〉という言葉が、42歳の作次郎が石川の人にきっと読んでほしくて自分の出てる本を寄贈したこと、なんだか私も作次郎とつながったみたいで、うれしくなります。

c0095492_20300413.jpg
目次。

連載のために作次郎の本を読みました。

『加能作次郎選集』
『加能作次郎集』
『加能作次郎作品集 一、二』
『世の中へ 乳の匂い』講談社文芸文庫
『石川近代文学全集5』
『日本文学100年の名作 第2巻』
『百年文庫 雪』
青空文庫

被ってないお話は、「発途」「秋の音」「火難」「二階の患者」「醜い女」でした。

没後の選集に入っていないお話はまだまだあると思うので、作次郎の寄贈本を、これからコツコツと読んでいきたいなと思ってます。
作次郎が楽しみにしていたであろう『乳の匂ひ』、亡くなってすぐ牧野書店から出た本は、図書館から借りて読みました。生きていたら、作次郎自身が寄贈したのかもしれません。
フリーペーパー1号で加能作次郎文学碑の除幕式について書きましたが、呼ばれた青野季吉、広津和郎、宇野浩二が語り合う言葉。
忘れられない言葉、忘れたくない言葉です。

「‥‥やつぱり、狭くても、加能の小説は、いいね」

「却つて、ああいふ小説は、殘るね、‥‥」








[PR]
by BOOKRIUM | 2018-09-02 20:12 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)
c0095492_2185780.jpg

今日店頭に並んでいた地産地消文化情報誌『能登』2018年冬号。特集Iは〈能登國千三百年〉今年は能登建国1300年なので、いろいろなイベントがあったらいいなと個人的に思ってます。
特集IIは〈能登のうどんを食べ歩く〉これからいろんなお店紹介を読むのもたのしみです
特集IIIは〈輪島塗行商ものがたり〉毎号、藤平朝雄さんの取り上げるテーマは興味深くて、文章は勉強になります。

今号から、芝雪の新連載「能登文学紀行」が始まりました。
掲載していただいた第1回は「加能作次郎 自分自身の片隅で」です。
前の芸術祭特集の号も、本屋や図書館に置いてあるのを見て、自分の文章も入っているのが不思議な感じでしたが、今号も不思議な感じがします。
連載することは初めてなので、これでいいのか心配してました。今日実物を見て、次の号に生かしたいなと思いました。







[PR]
by bookrium | 2018-02-06 21:08 | 本のまわりで | Trackback | Comments(0)

加能作次郎の作品

c0095492_22104690.jpg

昨年10月に訪ねた、加能作次郎のふるさと、志賀町西海風戸の海。

昨年は加能作次郎の図書館で借りやすい本を読み進めました。作次郎の原本以外で。
作品が重なる本とか、作次郎の幾つの時の作品か探しながら、年齢順に読むのが面倒だったので、my年表と作品一覧を手帳に書いてチェックして読みました。

ここでは、作品一覧を載せてみます。
マークは重なるところです。□5、■5、○5、●3、▲3、△2、・1冊になります。講談社文芸文庫が一番代表作を集めています。

『加能作次郎選集』
■恭三の父
▲厄年
・篝火
△汽船
△迷児
□世の中へ
・難船
・祖母
△屍を嘗めた話
・釜
・凧
・平和な村より
・子供の便り
●母
・父の生涯
○乳の匂ひ
・心境

『加能作次郎集』
・海の断章
・能登の西海岸
・能登の女
・海海鼠
・富来祭
・故郷の冬
・漁村賦
・夜撫で
■恭三の父
・一滴の涙
・弱過ぎる
・もどかしい事
・霰の音
・誑され
□世の中へ
○乳の匂ひ
・お鶴と宗吉
・花簪

『加能作次郎作品集 一』
小説
・嘘又
・極樂へ
・大人と子供
・生靈
・海邉の小社
・故郷の人々
・水は流れる
・犬
・猫
随筆
・ひとり言
・回顧
・土を戀ふ

『加能作次郎作品集 二』
・お富とその叔父
・痴惧
・松林の中
・醜き影
・或る夏のこと
・新婚の妻の手紙
・海に關する斷片

『石川近代文学全集 5 加能作次郎・藤沢清造・戸部新十郎』
■恭三の父
▲厄年
△羽織と時計
□世の中へ
・乙女心

『世の中へ 乳の匂い』講談社文芸文庫
■恭三の父
□世の中へ
○乳の匂い
△汽船
△迷児
△屍を嘗めた話
●母
△羽織と時計

『日本文学100年の名作 第2巻 1924-1933 幸福の持参者』新潮文庫
・幸福の持参者

『百年文庫 雪 加能作次郎・耕治人・由起しげ子』
●母

『大東京繁盛記 山手篇』平凡社ライブラリー
△早稲田神楽坂

青空文庫
■恭三の父
・海と少年
○乳の匂い
▲厄年
□世の中へ
△早稲田神楽坂


作次郎の好きな話はいくつもあります。
「世の中へ」「乳の匂い」はもちろん、おばあさんとおじいさんが孫そっちのけで凧をあげる話(凧)とか、継母にいじめられる少女が少しずつお金を貯めて花簪を夢見る話(花簪)とか、父のない子と母のない子が親の再婚で兄妹になり海へ舟を出しふたりで消えてゆく話(お鶴と宗吉)とか、好きな話です。
中でも「父の生涯」は、年代順に作次郎の周りの人たちのこれまでを読んできたので、積み重なって胸に迫り、村で3人しかいなかった文盲の父が作次郎へ書いた手紙に、涙が少し出ました。現代では『加能作次郎選集』にしか入ってないのがとても残念です。
加能作次郎はもっともっと読まれていいと思います。


[PR]
by bookrium | 2018-01-03 22:10 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)

加能作次郎『母』

〈母は私には第二の母だった。〉
c0095492_1655542.jpg


〈「昔あったとい。」
 「聴いたわね。」
  (中略)
  冬の夜、外には雪が音もなくしんしんと降り積もっている。その雪の様に白く美しく、肉付のたっぷりとした膝頭を炉に炙りながら、苧を績みつつそんな風に語ってくれた母の姿が、声が、ありありと眼に見え、耳に聞こえて来る――。〉


c0095492_16532759.jpg


(025)雪 (百年文庫)
加能作次郎 耕治人 由起しげ子
ポプラ社
売り上げランキング: 333,223

[PR]
by BOOKRIUM | 2012-01-16 16:43 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)

久世光彦  眼中の人

小島政二郎の小説に『眼中の人』というのがあります。文学修業の途上で自分を啓発してくれた忘れられない人たち――芥川竜之介と菊池寛との交遊を描いた自伝的小説です。


平成13年(2001)、久世さんは『眼中の人』へのオマージュ小説『蕭々館日録』で第29回泉鏡花文学賞を受賞されました。同時受賞は『幽界森娘異聞』の笙野頼子さん。

久世さんがTBSを退社した年に生まれた私にとって〈久世光彦〉はエッセイや小説の人で、有名な演出家というのがピンときませんでした。
久世さんの文章を初めて読んだのは11歳で、女の人の4つの仕草を取り上げたエッセイ。それは男女の作家のエッセイを集めた文庫本だったのですが、久世さんの文章が妙に記憶に残りました。
高校に入って本木雅弘の島田清次郎ドラマを見たり「いつか見た青い空」という向田邦子終戦ドラマを見たことから、興味がわいて図書館で借りて久世さんの本を次から次へ読むようになります。あんまりはまっていたので、友達に「久世はやめときなよ」と言われた(でも亡くなったというニュースを見た時は電話してくれた)。
18の時に読んだ『卑弥呼』の主人公、23歳のユウコさんは当時も今も憧れます(『卑弥呼』では岩波文庫の『眼中の人』がきっかけで、カオルのおばあちゃんと老コネリーさんが出会うシーンも)。

久世さんの小説、エッセイの魅力をうまく伝える言葉を知らないのを残念に思う。こんなにいろんな作家や詩人や画家を紹介し、流麗な日本語を使う作家に初めて出会った。大人のための本を読んでいると思った。文藝春秋で連載していた『泰西からの手紙』の絵を切り抜いて大切にしていた。『逃げ水半次捕物帖』の連載が読みたくて「オール読物」を探して、本屋で尋ねたら入荷してなかった(店の小父さんの後ろにエロ本とビデオの多い店にのみ入荷してた)。
高校生の時は、久世さんに一番憧れて、いつか会えたらなぁと思っていた時期です。でも久世さんの世界はとても遠い。本の中にたくさん出てくる東京の地名、久世さんが生まれた金木犀の咲く阿佐ヶ谷の家、ユウコが落ちた洗足池、向田邦子さんが西洋のおばあさんのような格好で駆けてきた青山の横断歩道、『陛下』の梓と北一輝が訪れるニコライ堂、弥生坂、昔の歌、エッセイに出てくる作家や作詞家に作曲家、芸能人……。能登の奥に暮らす高校生の自分には、とても遠かった。

22の秋に泉鏡花文学賞を久世さんが受賞と聞いたのは、当時働いていた本屋でした。とてもうれしかった。
受賞式は金沢のホテルで行われ、市民も選考委員や受賞者2人のスピーチ、山崎ハコの演奏を見ることができた。
受賞式が終わり、受付の女性に初めて書いた手紙を渡して帰ろうとした。女性は、今から下で関係者のパーティーがあるから直接渡したら?とわざわざ下のフロアまで案内してくれて、たくさんの人に囲まれてサインしていた久世さんに、この人手紙だけ渡して帰ろうとしてたんですよ、と紹介してくれた(今時こんな人いないわぁ、とも言われた)。
パーティーが始まるので波が引くように人々が会場へ入っていく。フロアで最後に久世さんと二人きりになって、受賞作『蕭々館日録』にサインをお願いしたら、ちょうど係の人が久世さんに中に入って欲しいと呼んだ。中でサインします、と久世さんは私の肩を抱いて会場に入って行った。10メートル位の距離だったと思うけれど、ひどく長く、ゆっくりに感じた。
会場に入って久世さんは上座に行き、パーティーが始まる。人が多くて壇上は見えず、私は人の後ろに立ち、司会の人の声を聞いていた。ふと、目の前の背の高い髪の長い女の人が隣の人に、
――笙野さんは?
と聞くのが耳に入って、あぁ前の人たちは笙野頼子さんの関係者なのかなと思った。
――それでは、久世さんのお仲間の川上弘美さんに、花束を渡していただきましょう。
司会の人の声が大きくなった。〈お仲間〉というところで、ドッと笑いが起き、後ろ姿の女の人の肩も揺れた。ふっ…と動いて、私の前に立つ女の人は歩き出した。久世さんに花束を渡しに。

やがて人々が歓談し始めたので、壁際に並べられた椅子に一人腰かけた。しばらくすると、人々の間から久世さんが笑ってこちらへやってきた。隣に腰かけ、『蕭々館日録』にサラサラとサインを書いていく。

〈―――――様 平成十三年十一月十三日 泉鏡花賞の日に 久世光彦〉


うれしかった。
――いくつ?
――大学生?

尋ねられたのに緊張して、うまくしゃべれなかった。他の方が久世さんに話しかけ、また人々の中に入って行った。
一番会いたかった人に会っただけでもうれしいのに、生まれて初めて出会う生身の作家が、ごく近い所に、しかも何人もいて、ドキドキした。
目の前で談笑する選考委員の五木寛之、村田喜代子、村松友視、金井美恵子…。もう一人の受賞者·笙野頼子さんの本も好きで、図書館で借りて5.6冊読んでいたから、ご本人を見てすごいと思った。この人があんな凄いものを書くのか。話しかけてみたかったけど、何を話しかけていいかわからなかった。
関係者ではない自分が場違いに思えて、賑わうパーティーを途中で抜けて帰った。外は暗く寒くなっていた。歩いて帰る道すがら、たくさんの作家を見たこと、久世さんに会えたことを思うと、あたたかく、しあわせだった。

〈人は誰でもその生涯の中に一度位自分で自分を幸福に思ふ時期を持つものである〉


加能作次郎のこの文を読んだ時、浮かんだのは久世さんに会ったこの日のことでした。
本来は互いを思う友人関係を言うようだけど、私にとって久世さんやその作品は、〈眼中の人〉でした。


〈瞼を閉じると、目の裏に相手の姿が浮かび、遠くにあってその人を想うと、懐かしさがこみ上げる ――それが〈眼中の人〉です〉
『蕭々館日録』


c0095492_14383228.jpg




蕭々館日録
蕭々館日録
posted with amazlet at 13.12.05
久世 光彦
中央公論新社
売り上げランキング: 656,900

[PR]
by bookrium | 2009-06-11 14:38 | 好きな本 | Trackback | Comments(0)
漫画の『金魚屋古書店』の第7巻·第45話に「白い漫画本」という話があります。『金魚屋古書店』は少しずつ登場人物が成長するので、好きな話はいくつもあるけど、これも特に好きな話。


美術学校に通う16歳の少年·小田島。彼は学校に飾られた元在校生·村尾順也の雪の絵に魅せられていた。村尾はある日突然、筆を折って絵を燃やしてしまったという。学校に残ったのは村尾の唯一の作品。
村尾を知る講師(せんせい)は、〈そうだなあ…あいつは視えすぎたんだよ。〉と言うが、小田島には意味がわからない。
講師が小田島の見る目をほめていたことを知り、興味を持った芸術学科の汪沢は、小田島が楽しみにしていた大好きな漫画を読んでいたところを笑う。

〈何お前、そんな漫画読んでんの?〉


驚く小田島はおもしろかったと言うが、汪沢に〈見る目ないな〉と馬鹿にされてしまう。去っていく汪沢が年上で、芸術学科の有名人で、講師も一目置き、仲間も多いのを知って、小田島は手にしていた漫画が、〈なんだか急に みすぼらしい本に見えた。〉

汪沢と遊ぶようになっても、小田島には彼らの話や話題の本を知らずついてゆけない。
小田島は〈おもしろさ〉が、〈イイ漫画〉が何かわからず不安になる……。
雪の降る中、人気のない学校に行くと、帽子にサングラスにマスクをした怪しい男が、村尾順也のあの絵を処分しようとしていた。この絵に価値があると知ってるんだろうと小田島が言うと、つまらない事を言う奴だなと男は言う。思わずカッとなる小田島。

〈オレのどこがつまんねーんだよ。
 このガッコウはオレ達の“見る目”を磨いてくれるところだろ?
 誰にも負けない“すばらしい作品”を見抜く目を!〉


違う、と男は言う。

〈ここはお前自身が
 お前自身にとって“本当に心からいいと思えるもの”を、
 「この世界から 見つけ出せる力」を
 与えてくれる場所だ。〉


他人なんか関係ない、自分がつまらない人間でも、誰がなんと言おうとこの絵が大好きだと小田島は言う。男は、自分の最後の作品に火をつけるのをあきらめた。……

ある日、小田島があの漫画を読んでいると、汪沢たちに〈相変わらずそんなもん読んでんの? ダメじゃん。〉と笑われる。〈…うん。〉と言って、小田島は明るく笑った。

〈けっこう
 おもしろいよ。
 オレ、この漫画
 好きなんだ。〉



彼の好きな漫画は、いろんな漫画があふれる中で、ただ真っ白な本として描かれています。どんな本かは読者の想像次第。なんだか身につまされ、忘れがたく好きな話です。


〈自分自身の片隅で、自分自身の声に耳を傾けながら〉


加能作次郎の『乳の匂ひ』序文にあったこの言葉を読んだ時、浮かんだのは『金魚屋古書店』のこの話でした。
漫画だけでなく、小説でも、映画でも、音楽でも、自分の好きなものに対して、他者の評価を気にすることは、よくあるかと思います。今は、検索すれば、いろんな人の感想を目にすることが可能です。
小学4年生の時、読書感想文を出したら、これじゃ評論ね、というようなことを先生に言われたのですが、感想文と評論の違いがわからない。ただ、とても残念に思った。
このブログは評論でも感想文でもないですが、誰の言葉でも評価でもなく、自分自身で見つけ出した〈白い本〉について、書けたらいいと思っています。


 
金魚屋古書店 7 (IKKI COMIX)
芳崎 せいむ
小学館
世の中へ・乳の匂い 加能作次郎作品集 (講談社文芸文庫)
加能 作次郎
講談社
売り上げランキング: 762,869

[PR]
by bookrium | 2009-05-22 23:12 | 好きな本 | Trackback | Comments(0)

加能作次郎 美しき作家


〈加能君は一種の童心を――少年のみづみづしい感情をいつまでも持ち続けてゐたといつて好かつた。〉


作家の広津和郎は、「美しき作家」という文章の中で、友人の加能作次郎のことをこう追悼しました。

〈大正期の作家たちは、その芸で、その把握力で、又その人生観で、それぞれ華やかな仕事をし、人々の眼をそばだたしめたが、その片隅で加能君は若し気がつく人でなければその前を通り過ぎて行つてしまひさうな、地味な、小さな、ケレンのない仕事をした。多くの人々が気がつかずに、その前を通り過ぎて行つてしまつたとしても、或はさう無理でないかも知れない。併しひと度気がついて、それをぢつと味はつて見る人があつたら、その人はこの地味な作家の素裸かで何の飾りもない姿に、しみじみとした美を感ずるであらう。舌にとろりとするやうな滋味を感ずるであらう。〉

c0095492_12514097.jpg

写真は『石川近代文学全集 5』加能作次郎は「恭三の父」「厄年」「羽織と時計(W?B君を弔ふ)」「世の中へ」「乙女心」が入っています。「乙女心」以外は読みました(これだけ総ルビで読みづらい)。

加能作次郎のことは、扉野良人さんの『ボマルツォのどんぐり』にある「能登へ――加能作次郎」を読んだり、島田清次郎との関わりから気になっていた(本にはふたりで撮った写真も載っている)。
読んでみて、広津和郎の言う〈しみじみとした美〉という言葉が、とてもふさわしいと思う。
京都の街を歩く扉野良人さんは、能登から一人飛び出してきた「世の中へ」の〈私〉作次郎が見た京都に、身近さを覚えます。

〈一昨年に少年期を回想した「世の中へ」を読んだとき、それがおおよそ百余年前の京都を描いた小説とは思えない身近さを覚えた。(中略)考えれば奇妙なことである。小説の世界を、じっさい歩く風景のまま、そこにいるように読むことができた。〉


明治18年(1885)に生まれた(明治19年とも言われ、作次郎に自分の正しい生年はわからなかった)加能作次郎が育ったのは能登の外浦、今は志賀町になる富来から一里離れた西海風戸という漁村。
富来は訪れたことがないけれど、読んでみてやっぱり能登なんだなと思った。この辺りでも兄様(あんさま)弟様(おっさま)と言うんだなとか、在所とか、七海の御輿とあるけどこの辺はキリコはないのかなとか、恭三の父が「おれゃ食いとうない。お前等先に食え。」という言葉、能登丸出しだと思った。

読んだ小説はみな作次郎の人生をなぞるように、自分が居るために苦労する父、打ち解けられない継母や異母弟妹のこと、実姉と伯父を頼りに13で家出同然で来た京都、丁稚として住み働きをし勉学の望みも持てない生活、苦学して大学へ入り、夏季休暇に京都へ帰るか能登へ帰るか、結核で臥せっている異母妹が嫌でうじうじ悩む様も描いている。継子のいじ気根性がずっとあるけど、それは作次郎もわかっているのだろう。
「厄年」での死にかけてる妹と、大漁の鰹に生き生きとした父と兄弟の様子が印象的でした。子供の時に激しく自分を苛めた異母妹への憎しみと、死を目の前にした彼女へ継母や父の手前兄らしく気にかけたり、そんな自分のやましさに嫌な気持ちになったり。
子供の時、継母に怒られて船の中で父と子ふたりで一晩明かしたこと。継母たちに気を使う父と本当に話をできるのは海に出た船の上で、帰郷した子に父は金の心配はするな東京で偉くなれと言う(本当は田舎なので東京の大学へ行かせていることで周りにぐじぐじ陰口を言われているのだけど、その辺非常に能登らしいと思った)。

懐かしさだけでは語れない故郷を加能作次郎は描いています。

c0095492_12514080.jpg

平成19年(2007)に志賀町には「作次郎ふるさと記念館」ができました。閲覧する際は富来図書館へ申込をするようです。入館無料。
没後11年の昭和27年(1952)、生誕地の風戸に作次郎の文学碑が完成。除幕式には作次郎の小説に出てくる村の人たち、70、80になる人たちが集まっていたという。碑には「父の生涯」の一節が刻まれました。

 《人は誰でも
  その生涯の中に
  一度位自分で
  自分を幸福に
  思ふ時期を持つ
   ものである》


昭和に入り新しい文学の時流から外れてしまった作次郎は発表作が著しく減り、国策の戦争小説が氾濫する中で死の直前まで校正を続け、告別式に校正刷が届いた最後の小説集『乳の匂ひ』の序文でこう書いています。

〈私のこのような作品は、小説として本格なものかどうかの論はさし置いて、恐らく今日の時代に於て最も非時流的なものだらうと思はずに居られない。(中略)
矢張り相変らず、自分自身の片隅で、自分自身の声に耳を傾けながら、恰も靴屋が靴を作るやうに、こつこつと自分の身に敵った作品の製作に精進してゐる外はなかつた。〉


昭和16年(1941)56歳で亡くなった作次郎の法名、釈慈忍の「慈しみ」と「忍ぶ」という字は、とても合っていると思った。
広津和郎は「美しき作家」の最後をこう締めくくっている。

〈彼の幾つかのあの純粋な短編は大正文壇の珠玉であつたといふ事を、やつぱり誰かがいはなければいけない。それだから私がいふのである。繰返していふが、それは友情からではない。私の批評眼がいはせるのである。〉


加能作次郎の小説には、しみじみとした澄んだ美しさが広がっています。

c0095492_12514098.jpg


世の中へ・乳の匂い 加能作次郎作品集 (講談社文芸文庫)
加能 作次郎
講談社
売り上げランキング: 763,761

[PR]
by bookrium | 2009-05-15 12:51 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)
c0095492_1126299.jpg

c0095492_11263057.jpg

晶文社から2008年4月に出た本。読みたいなと気になっていた本です。中日新聞サンデー版に掲載された、宇野亜喜良さんによる扉野さんのお父さんとの長い関わりや、この本の完成を祝福していた文章、あとがきにある名前<トビラノラビット>という響きを楽しく気に入ってる様子が印象的でした。

本は5章に分かれ、そのどれもが、今ではあまり読まれなくなったであろう本を、ひとりコツコツと訪ね歩いているような文章です。作家の足跡を訪ねる最後の章が特に好きです。

まずはじめに「能登へ――加能作次郎」を開く。冒頭に引用された、左手の親指を曲げて能登半島を作り自分の故郷を説明する、作次郎の文章。その仕草は子どもの時に自分もしたことがあるので、なんだかひどく、懐かしかった。作次郎は曲げた親指の節、富来町(現志賀町)の漁村の生まれ。著者は作次郎の小説に惹かれ、京都から能登の生家まで訪ねていきます。
加能作次郎は石川近代文学全集の第5巻に入っている(藤沢清造·戸部新十郎も)けど、読んだことはない。本に紹介された、13才で能登を離れて京都に向かう作次郎が、漁舟で海に出て故郷の遠い家並を見、自分の中の我が家や父の様子を間近で見つめるような文章は凄かった(「世の中へ」)。

表紙は澁澤龍彦が日本に紹介したイタリアのボマルツォ庭園の写真。著者は実際にボマルツォまで旅をして、本になぞらえてどんぐりを2個拾う。帯にある〈記憶のお土産〉。

井上靖も携わった「きりん」のことや「寺島珠雄」、未知の人々を知られてよかったです。

巻末の初出一覧を見ると、「辻潤と浅草」が1994年発表で一番古いことに驚く。著者は1971年生まれなので、当時23才位。驚く。


この本の編集をした、中川六平さんのブログ「泥鰌のつぶやき」を時折読みます。家にある晶文社の数冊の本が、この方が編集したことを知りました。
昨年の5月、山口昌男氏の自宅を石神井書林さんと訪ねるくだり、石神井書林さんがショルダーバッグから『ボマルツォのどんぐり』を取り出して、

〈「六さん、サインしてよ」
 「えー、オレでいいの」
 「いいよ」〉


という珍妙なやりとりが好き(その後もいい)。

つい最近2/11では、吉田修一の『悪人』を読んでの目線にぞわぞわしました(吉田修一はデビュー作『最後の息子』しか読んでないけど、西田俊也のコバルトデビュー作『恋はセサミ』が自分の中で被る。オカマの閻魔ちゃんと僕、オカマのリラと男子高校生ユキノ。どちらも空回ったりしてせつない)。
感想の中に、印象的な文がありました。

〈40歳、ですか。がんばってください。
 40歳以下の方々、もです。表面を突き破ってください。小さな説にひたらないでください。それだけに、どこかに、とんでもない書き手がいるのでは。そうも思うのでした。〉


もう世に出てるけど、扉野さんは、〈とんでもない書き手〉に含まれるのだろうなと思いました。

先日、扉野さんは郡淳一郎さんと『Donogo-o-Tonka』創刊準備号を出したそう。気になります。



 

[PR]
by bookrium | 2009-02-13 11:26 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)