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〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


by bookrium
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<   2012年 02月 ( 3 )   > この月の画像一覧

山本夏彦「みれん」


〈このごろ私はひとりごとを言うようになった。生きている人は死んだ人の話を聞いてくれない。一度は聞くふりをするがそれは「義理」で、二度とは聞いてくれないから私は死んだ妻の話ができない。〉


文藝春秋から昭和63年発行された、山本夏彦『生きている人と死んだ人』の最後の一篇「みれん」。好きな一篇。
7年ガンをわずらって、妻は死んだ。毎年のように入退院をくりかえしていた。

〈入院すれば私はひとり置きざりにされる。〉


壁に貼られたポスターの裏に、妻がマジックで書いておいた注意。

〈戸締り。台所・風呂場のガス元栓。ストーブ・アイロン。燃えるゴミの日、燃えないゴミの日などと大書してある。私は毎朝それを仰ぎ見て十なん枚の雨戸をしめ、片手に靴、片手にカバンを持って泥棒のように勝手口から出るのである。〉


妻が死んだ後も、入院していたときと同じように、ポスターを仰ぎ見て家を出る。

〈私は死んだ人のさし図をうけている。〉


天気のいい日には妻の蒲団をほし、箪笥の引出しにぎっしりつまった衣類を気にし、薬箱に残った薬の日付を見て、このときはまだ歩いていた、このとき肺ガンを発見してくれさえすれば、と〈みれん〉は尽きない。

〈下駄箱には履物が揃っている。いつ帰ってもその日からもとの暮らしができる。〉


自分の衣類をさがして、これも妻のマジックで書いてあるのを見つける。

〈私は夜ふけてまっくらな家へ帰る。カバンのなかに懐中電灯を二つ用意して手さぐりでどちらか触れたほうで勝手口のドアのカギ穴を照らして常のごとく忍びこむうちにひとりごとを言うようになったのである。「いま帰ったぞ」「晩めしは食ってきたぞ」「雨の晩はいやだな。両手がふさがってカギをあけるのに手間どって」。〉


子供たちが怪しんでも、形見のかたまりのこの家をこわして、新しく建てる気にもなれない。

〈私はこれまでよろこんで生きてきたわけではない。それは絶望というような大げさなものではない。むしろ静かなものである。ただ原稿の締切だけは守っている。習慣だろう。私的なことは書けないから今もにくまれ口をきくこと旧とかわらないが、それは浮世の義理である。生きているかぎり元気なふりをする義理はあるのである。〉


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by bookrium | 2012-02-20 23:14 | 好きな本 | Trackback | Comments(0)

雨水――『浅の川暮色』

雨水(うすい)……雪溶けて雨水ぬるむ。もう雪は降りません、降るなら雨。積もった雪も溶け始めます。立春から15、16日後。雪が陽気に溶けて、土中が潤いはじめる頃。


 〈あたしは次郎の提灯に灯がともる少し前の、こんな暮れ方の景色が好き〉


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五木寛之『浅の川暮色』より。
新聞記者の森口守は何十年ぶりかに、かつての勤務地金沢を訪れる。当時の森口は23歳だった。一流新聞のジャーナリストの卵としてだけでなく、新鮮な感覚のシナリオの一本くらい書いて、まわりに示したいという気があった。

〈若かったのだと言えば、それも少しは当っているだろう。だがそれだけではない自分のいやなところが、あの時期に集約されてくっきり現れていたのではあるまいか。大都会では目立たぬ部分が、金沢という古く静かな町を背景にして、なお一層きわ立っていたような気もする。〉

金沢について、金沢にいた頃の自分について、森口は思い出すことに生理的な圧迫を感じる。
空港で支局の若い記者に迎えられ、かつて通った「主計町」の町名が消え、尾張町と名を変えたことを知る。
森口はもうすぐ40になろうとしていた。

〈頭の中であるひとつの名前が、蛍火のようにかすかにともったり消えたりしていた。主計町の次郎、という言葉に結びついたその名前を、彼は本当は思い出したくなかったのである。〉

〈あれは尾張町の次郎なのだ、もう主計町などという町は浅野川のほとりには存在しないのだ。そう自分に言い聞かせると、少し気分が楽だった。(中略)古い町名を消してしまうように、古い記憶もあっさりぬぐいさってしまうことができたらどんなに気楽なことだろう。
 みんな昔の話だ、と、彼は口のなかで呟いた。〉


森口はかつて主計町と呼ばれた町へ、「次郎」へ訪れる。その店は、森口が金沢へ転任した時、歓迎会のような席をもうけてくれた場所だった。

〈森口は靴を脱いで女主人のすすめるままに狭い急な階段をのぼり、廊下の突き当たりの小部屋へ通った。天井は頭がつかえそうに低く、窓も床の間も小振りにできている。森口はその小部屋のどこか湿気をおびたくすんだ匂いをかいだ時、不意に自分がいま北陸の城下町にいるのだな、という実感をおぼえた。
「川の見える座敷のほうは?」
 と、彼は腰をかがめながら女主人にたずねた。
「ええ。あいておりますよ」
「ちょっとのぞかせてくれませんか」
「そういえば。むこうの広い部屋が気に入っていられたわね」
 女主人は小柄な体をのばすようにして立ち上がり、廊下をへだてた座敷のほうへ、さあどうぞ、と手招きした。
「浅野川が見たくてね」〉

夜の浅野川をみつめる森口に、この数十年間、自分の内側に押し込めていた、ある人の名が浮かび上がってくる。

〈柴野みつ、という名がそれだった。それは二十三歳の森口守が、この古い城下町で知ったはじめての女であり、そして十代の娘のひたむきな感情を、彼は青年のエゴイズムからそれほど心痛むこともなく捨て去ったのだった。〉


今、どこでどう生きているのか。
森口はかつてみつとこの座敷から暮れ方の浅野川の流れを見おろしながら話したことを思い出す。


〈あたしは次郎の提灯に灯がともる少し前の、こんな暮れ方の景色が好き、と彼女は言ったのだ。〉


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by BOOKRIUM | 2012-02-19 23:45 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(2)

立春――『立春の卵』

立春(りっしゅん)……旧暦で、この日から春となる。厳しい冬の寒さの中に、ふと春の気配を感じはじめる頃。

〈立春の時に卵が立つという話は、近来にない愉快な話であった。〉

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岩波文庫『中谷宇吉郎随筆集』より。
〈昔から「コロンブスの卵」という諺があるくらいで、世界的の問題であったのが、この日に解決されたわけである。というよりも、立春の時刻に卵が立つというのがもし本統ならば、地球の廻転か何かに今まで知られなかった特異の現象が隠されているのか、あるいは何か卵のもつ生命に秘められた神秘的な力によるということになるであろう。〉

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中谷宇吉郎は外国で卵が立った新聞の記事を読み、〈しかし、どう考えてみても、立春の時に卵が立つという現象の科学的説明は出来そうにもない。〉と疑問を持つ。
〈立春は二十四季節の第一であり、一年の季節の最初の出発点であるから、何か特別の点であって、春さえ立つのだから卵ぐらい立ってもよかろうということになるかもしれない。しかしアメリカの卵はそんなことを知っているわけはなかろう。とにかくこれは大変な事件である。〉

寒さのために卵の内部が安定した説、重心、流動性、科学者たちの説明はどれも一般の人、そして中谷を納得させない。
〈一番肝心なことは、立春の時にも立つが、その外の時にも卵は立つものだよ、とはっきり言い切ってない点である。〉


〈一番厄介な点は、「みなさん。今年はもう駄目だが、来年の立春にお試しになってはいかが」という点である。しかしそういう言葉に怖(おじ)けてはいけないので、立春と関係があるか否かを決めるのが先決問題なのである。それで今日にでもすぐ試してみることが大切な点である。〉


朝新聞を読んだ中谷は早速妻にひとつだけあった卵を持って来させ、食卓で卵を立ててみる。
妻も別の机で立ててみる。
つぎは、ゆでた卵を立ててみる。〈大いに楽しみにして待っていたら、やがて持って来たのは、割れた卵である。「子供が湯から上げしなに落としたもので」という。大いに腹を立てて、早速買いに行って来いと命令した。細君は大分不服だったらしいが、仕方なく出かけて行った。〉
細君は卵二つを買って帰ってきた。〈子供が病気だから是非分けてくれと嘘をついて、やっと買って来たという。大切な実験を中絶させたのだから、それくらいのことは仕方がない。〉
生卵、ゆで卵での検証をする。割ってみて、黄身のサイズも計る。

〈要するに、もっともらしい説明は何も要らないので、卵の形は、あれは昔から立つような形なのである。〉

〈人間の眼に盲点があることは、誰でも知っている。しかし人類にも盲点があることは、余り人は知らないようである。卵が立たないと思うくらいの盲点は、大したことではない。しかしこれと同じようなことが、いろいろな方面にありそうである。そして人間の歴史が、そういう瑣細な盲点のために著しく左右されるようなこともありそうである。〉




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by BOOKRIUM | 2012-02-04 10:50 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)