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〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


by bookrium
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<   2009年 12月 ( 12 )   > この月の画像一覧

Merry Christmas.

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手前の包みは、毎年クリスマスにいただくおたより。
中にはお菓子が。いつもすてきなラッピング。
ありがとうございます。
by bookrium | 2009-12-22 19:56 | | Trackback | Comments(0)
冬至(とうじ)……1年の中で、昼が最も短く、夜が最も長い日。

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by bookrium | 2009-12-22 09:00 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

南天と雪兎

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南天は「難天」「成天」に通じる。
防火用に植えたり、厄よけになったり、葉っぱが酔い止めになったり。仙人の食べ物ともいう。

この南天は私が生まれた年に植えられた木です。背丈は追い抜かれた。

小さな白い花が咲く南天の花言葉は「機知に富む、福を成す、私の愛は増すばかり、深すぎる愛、良い家庭」…など。
by bookrium | 2009-12-20 13:33 | 奥能登歳時記 | Trackback | Comments(3)

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長靴を履いて膝上まで雪。
by bookrium | 2009-12-20 12:56 | 奥能登歳時記 | Trackback | Comments(0)

雪雷(ゆきがみなり)

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〈北陸の冬は昼でも薄暗い。そんな冬に突然、稲妻が光る。閃光とともに、雷鳴が地底を揺るがすようにとどろく。天候は険悪となり、霰が家の雨戸を荒々しくたたく。〉谷口吉郎「きびしい風土の中の造形美」

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by bookrium | 2009-12-19 23:01 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)

雪に言葉はない

そういう歌があって好きでした。
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トンネルを越えると雪国。越える前も雪国。一夜にして。
by bookrium | 2009-12-17 14:11 | 奥能登歳時記 | Trackback | Comments(0)

中勘助『妙子への手紙』

〈今に私がお爺さんになって死んでしまって、あなたが今のお母様のような立派な奥様になって、丁度今のあなたみたいな、ひよっこで、おてんばで、可愛らしいお嬢さんにお噺をせびられるようになったとき、私のことなんぞは忘れてしまってもこのお噺だけはわすれないできかせることができるようによく覚えていてちょうだい。〉

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大正6年(1917)5月、中勘助は一高時代の友人·江木定男の幼い娘·妙子への手紙で、そう綴った。
まだ膝にのっていた頃、いつかの帰り道、ふたりで手をつなぎながら話した物語を、若き母になって巴里に暮らす妙子のために書き改め、昭和3年に発表した。
昔の印度、亡き恋人を刻んだ石像にその魂が還ることを祈り、神の怒りに触れ自らの命を失った若者の恋を描く『菩提樹の蔭』。

中勘助は明治18年(1885)5月22日に生まれた。
妙子が生まれたのは明治41年(1908)、中が23歳の時だった。
岩波文庫の『菩提樹の蔭』には『郊外 その二』『妙子への手紙』が収められ、中と妙子の交流がうかがえる。
『妙子への手紙』の冒頭で、〈妙子はかわいそうな子だった。〉と中は書く。
祖母にかわいがられて育てられたために実母との間に距離があり、成人してからは祖母とも間があった。

〈妙子はたぶんお母さんからうけた爆発的な感情と電光的な神経をもちながら境遇上それだけ一層自ら淋しい批判的な人間になっていった。家族間の感情の衝突の一つの原因となり、争いの場におかれた者の不幸である。〉


子供好きなところに、家庭の不和と妙子の持つかわいらしさから、中はまるで小さな恋人のように妙子をかわいがった。
15·6の時、妙子は父と死別する。
江木は妙子の運命を心がかりにし、家族の唯一の事情通で中立者の中を妙子は頼るようになる。結婚後も、本当の父親以上の無私の点を中に見たのか。

〈妙子はおりおり私のまえで悔いて、嘆いて、たまには叱られて、涙にとけて流れてしまうかと思うくらい泣いた。〉
〈昔妙子がこの膝のうえにこの腕の抱擁のうちにあったように妙子はその一生をとおして善きにも悪しきにも常に私の慈悲のなかに生きていたのである。妙子は自らの涙の流れをもって洗い去るべきものを洗い去った。〉


『妙子への手紙』は大正5年(1916)、中が8歳頃の妙子に宛てたひらがなの手紙からはじまる。大正8年頃まで少女へ成長していく妙子へ。間を空けて昭和3年妻に母になり、夫と供に巴里へ行った妙子へ。平塚からジュネーブの妙子へ。手紙の終わりには夫の〈猪谷さんに宜しく〉と書き添えて。子供の時に妙子にした話を改めて「菩提樹の蔭」を書いたこと。昭和5年の頻繁なやりとり。中からの手紙だけが綴られていても、手紙の向こうの妙子の返事がぼんやり浮かんでくる。昭和7年6月、妙子をなだめる父のような手紙。

〈あとは野となれじゃ困るよ、私だってあなたを頼りにも、慰めにも、喜びにもしているんだのに、私の膝はいつでもあなたのためにあけてあるのに。あんまり自分勝手をしちゃ困る。元気を出しなさい。すこし私を見習いなさい。強そうな弱虫!〉


昭和17年(1942)7月、妙子は死去した。

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中のまわりでは、妙子の生まれる前年、父が死去した。妙子が生まれた翌年の明治42年(1909)24歳、中が東京帝国大学国文学科を卒業する直前、九州帝国大学教授の兄·金一が脳出血で倒れる。以来、兄嫁·末子の後見、財務整理、思考能力の減退した兄の看護、中家の重苦を背負う。
大正2年(1913)28歳、夏目漱石の推薦で『銀の匙』が「東京朝日新聞」に連載された年。一高時代からの親友·山田又吉が安倍能成宅で自殺する。
昭和17年4月、兄嫁が59歳で死去。7月、妙子が亡くなる。10月、中の結婚式当日、兄は71歳で死去した。中は57歳になっていた。
中勘助は昭和40年(1960)5月、80歳まで生きた。

妙子の生きた時間は、中が苦しんで生きた時間でもあった。『妙子への手紙』に一切あらわされないその苦しみと、自らの苦しみを綴った妙子からの手紙を燃やした中にとって、妙子の存在がどれほどのものだったかは、他人にはわからない。

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 〈あなたが生れたことは私に大きな幸福だった
  あなたとくらしたことは私に大きな幸福だった
  あなたのこれまでにない静かな最後の顔をみたことは私にせめてもの慰めだった
  妙子や 三十五年は長かったね〉



菩提樹の蔭―他2編 (岩波文庫 緑 51-3)
中 勘助
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by bookrium | 2009-12-11 13:52 | 好きな本 | Trackback | Comments(0)
大雪(たいせつ)……山では雪が激しく降り積もる頃。冬至に近づき、日暮れの時間がとても早くなっていきます。


〈きのう、わたしは三十二歳になりました。兵庫県の尼崎から、この奥能登の曾々木という海辺の町に嫁いできて丸三年がすぎたから、あんたと死に別れて、かれこれ七年にもなるんです。〉

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昭和53年、芥川賞を受賞した宮本輝が31歳の時に発表した『幻の光』。

貧しい長屋暮らしの子どもの時、失踪した祖母と入れ替わりのように現れた〈あんた〉。その幼なじみの夫も、不意に理由も判らず鉄道自殺してしまう。子どもが生まれて3ヶ月、ゆみ子が25歳の時だった。〈あんた〉から逃げるように、ゆみ子は息子を連れて、妻を亡くし娘と父親と暮らす能登の板前の民雄と再婚する。

〈わたしは輪島に着くまで、ずっと外を見つめたまま、死んだあんたと話をしてた。何を話したのか思い出すこともでけへんけど、もうそのころには、自分ひとりになると、無意識のうちにあんたに話しかけてしまう習慣がついてしもてたんでした。そして、わたしの話しかけてるあんたは、線路を歩いて行く、うしろ姿のあんたやった。〉


能登での暮らしの中で〈あんた〉に呼びかけ続けるゆみ子の記憶が、波のように行きつ戻りつする。
なぜ自殺したのか。答えは判らないのに考え続けるゆみ子に民雄がぽつんと言う。

〈「人間は、精が抜けると、死にとうなるんじゃけ」〉


〈いったいどんな考えから、民雄さんが言うたのか、それきり確かめたこともないけど、確かにこの世には、人間の精を抜いていく病気があるんやと、あれ以来わたしは考えるようになった。体力とか精神力とか、そんなうわべのものやない、もっと奥にある大事な精を奪っていく病気を、人間は自分の中に飼うてるのやないやろか。そうしみじみと思うようになったのでした。
 そして、そんな病気にかかった人間の心には、この曾々木の海の、一瞬のさざ波は、たとえようもない美しいものに映るかも知れへん。〉


長い間、この小説の舞台がなぜ曽々木なのか、疑問だった。

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宮本輝が選んだ短篇を集めた『わかれの船』。その最後に収められたのは水上勉『猿籠の牡丹』だった。発表は昭和39年。

平家の落武者たちの末裔が住むという庄川渓谷の猿籠(さるご)の部落(むら)。曽々木に生まれ、高岡で女中をしていたとめは、猿籠出身で老いた母と二人暮らしの安吉に惹かれ、淋しい村だとわかっていても嫁ぐ。バスを降り、三里の山道を歩いたあとで猿籠に乗る時、足の悪いとめはほっとした。

〈安吉は先にとめをのせ、あとから自分も同乗すると、巧妙に綱をひっぱって渡りはじめた。とめは下をみた。深い渓谷だった。奈落のようにみえて身の毛がよだつほど冷えた。恐ろしかったのである。とめの躰を安吉がはじめて抱いたのはこの時だった。
 (中略)
 とめは猿籠に身をあずけて谷をわたるのは、安吉に躰をあたえることといっしょだと思った。猿籠に乗るのはこわくはない。安吉と末永くいっしょに暮らそう。どんなにつらいことがあっても、ひとりで、この谷を渡らないぞ、と決心した。〉


しあわせを掴みそうだったとめの人生は、安吉に赤紙が来たことで狂ってしまう。
『幻の光』のゆみ子と『猿籠の牡丹』のとめが、なぜ不幸にならなければいけないのか、ずっと疑問に思っていた。
この五箇山のHPで猿籠の写真を見つけて「お小夜節」を知り、イメージが繋がっているのかな、と思う。
輪島出身の遊女のお小夜は加賀騒動で庄川へ流刑されるが、罪人なのに身ごもったことを苦にして川に身を投げてしまう。
〈もとの輪島へ 帰りたい〉というお小夜、南天の実を握ったまま谷底に消えたとめ、幻の夫に問い続けるゆみ子。


輪島を臨む曽々木の海。曽々木は氷柱が斜めに凍るくらい風強い。でもこの穏やかなも曽々木。輪島にはお小夜塚もある。
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by bookrium | 2009-12-07 03:18 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

泉鏡花『化鳥』

〈愉快(おもしろ)いな、愉快いな、お天気が悪くって外へ遊べなくっても可いや、笠を着て、蓑を着て、雨のなかをびしょびしょ濡れながら、橋の上を渡って行(ゆ)くのは猪だ。〉
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明治30年発表、鏡花23歳の時の作品。鏡花の初めての口語体小説として知られています。
鏡花で二番目に読んだ作品。中学生の時に「高野聖」を読んで、高校生の時に借りた『石川近代文学全集』で「化鳥」を読みました。今回のは『泉鏡花記念文庫』。鏡花たくさん読んでないけど、「化鳥」はつるっと読みやすいと思う。
写真は浅野川に架かる中の橋そばの石碑。

橋を渡る通行人の銭で暮らす、貧しい母子。幼い〈廉〉の語り(まるで鏡花が亡母に甘えているような)。番小屋の窓から顔を出して、場末の者、綺麗な着物を着た女、金満家の隠居など、いろんな人間が通るのを眺める。

〈「なぜだって、何なの、この間ねえ、先生が修身のお談話をしてね、人は何だから、世の中に一番えらいものだって、そういったの。母様(おっかさん)、違ってるわねぇ。」〉


まだちいさい耳だから、犬猫や鳥の沢山いろんな声が入らないのだと、母様に教えてもらったように先生に言うと、先生は嫌な顔をする。〈けれども木だの、草だのよりも、人間が立ち優った、立派なものであるということは、いかな、あなたにでも分かりましょう、〉そう言う先生の言葉に〈私〉は納得出来ず、こう言う。

〈「だって、先生、先生より花の方がうつくしゅうございます」〉


母様は莞爾(にっこり)笑って、〈「じゃあその菊を見ようと思って学校へおいで。花はね、ものをいわないから耳に聞えないでも、そのかわり眼にはうつくしいよ。」〉と言う。
〈人に踏まれたり、蹴られたり、後足で砂をかけられたり、苛められて責まれて、煮湯を飲ませられて、砂を浴せられて、鞭うたれて、朝から晩まで泣通しで、咽喉がかれて、血を吐いて、消えてしまいそうになってる処を、人に高見で見物されて、おもしろがられて、笑われて、慰みにされて、嬉しがられて、眼が血走って、髪が動いて、唇が破れた処で、口惜(くや)しい、口惜しい、口惜しい、口惜しい、畜生め、獣めと始終そう思って、五年も八年も経たなければ、ほんとうに分かることではない、覚えられることではないんだそうで、〉
何故あって凋落したかは分からない廉の両親。父は亡くなり、苦労する母。その母が教えてくれることを、小さいながら、いつも手をついて聞いた。

〈母様はうそをおっしゃらない。〉


半年ほど前、川につながれた猿をからかっていて、はずみで廉は川に落ちた。水の中で溺れそうになり、もがいていると、真赤な光線がさして、身体が包まれる。夢ではない。〈一体助けてくれたのは誰ですッて、母様に問うた。〉

〈(廉や、それはね、大きな五色の翼(はね)があって天上に遊んでいるうつくしい姉さんだよ。)〉


波津彬子さんの漫画『幻想綺帖』では、泉鏡花原作の「雪訪い」「化鳥」が描かれています(「桜心中」も漫画で見てみたい)。
五色の翼のある姉さんは、ずっと天女のようなイメージを持っていましたが、ここでは西洋のイメージ。美しい絵で、なんだか新鮮でした。

〈母様はああおっしゃるけれど、わざとあの猿にぶつかって、また川へ落ちてみようかしら。そうすりゃまた引上げて下さるだろう。見たいな! 羽の生えたうつくしい姉さん。だけれども、まあ、可い。母様がいらっしゃるから。母様がいらっしゃったから。〉



化鳥・三尺角 他六篇 (岩波文庫)
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by bookrium | 2009-12-06 14:48 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)
個人的に気になるので…。
あえのことについて書かれた記述の一部(や関連がありそうと思ったものも)。

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UNESCO Culture Sector  Oku-noto no Aenokoto(動画もあり)
文化遺産オンライン  奥能登のあえのこと
ほっと石川旅ネット  あえのこと
Noto Tourism- 奥能登観光ガイド -  春のあえのこと
我楽多家  あえのこと(動画もあり)
Windows Live™ 朴の木 たんぽぽ  2007/01/06 奥能登の『あえのこと』
能越ケーブルネット  「田の神様ごゆっくり」あえのこと 12月5日(水)
北國新聞ホームページ 石川のニュース  あえのこと、後世に 奥能登各地で伝統継承 2008-12-06
中日新聞【石川】  田の神様に豊作感謝 奥能登各地で『あえのこと』 2009年12月6日
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能登のうみやまブシ  2008年-12月-07日 「あえのこと・アエノコト」基礎資料
金沢大学学術情報リポジトリ  アエノコトの変容
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能登半島  2009-12-05  あえのこと
能登でココロもどる旅  あえのこと
風まかせGypsy  「豊作に」田の神送る 奥能登であえのこと
古民家レストラン『典座』 (てんぞ)  青い田んぼ あえのこと
輪島時間やゾね  2005-12-07 あえのこと
能登 太鼓大好き家族  ユネスコ世界文化遺産に「登録」決定

給食万歳 All I Want for School Dinners  November 27, 2009
今日の給食 11月27日(金)

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妖鬼化  アエノコト/水木しげる妖怪映像原画集・妖鬼化(ムジャラ)
     泥田坊/水木しげる妖怪映像原画集・妖鬼化(ムジャラ)
国際日本文化研究センター 怪異・妖怪伝承データベース
     田の神 福井県福井市
     田の神 福井県鯖江市
     田の神 新潟県白根市
     田の神 新潟県南魚沼郡
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眞長寺Ⅱ  「あえのこと」金沢にも
黒部市 国指定文化財[民俗文化財]  越中の田の神行事(おおべっさま迎(むか)え)
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by bookrium | 2009-12-03 21:05 | 奥能登歳時記 | Trackback | Comments(0)