〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


by bookrium
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

<   2009年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧

c0095492_10502538.jpg

写真右の姫だるまカードは前に21世紀美術館のミュージアムショップで購入。
写真左のこけしカードは金沢東山の高木糀商店でのきもの楽市の案内です。あうん堂でもらってきました。どちらもかわいい。

写真真ん中の本は彷徨舎から2008年11月に発行された、イラストレーター浅生ハルミンの『ハルミンの読書クラブ』。表紙はこけし折り紙にもなります。古本で購入。中は「彷書月刊」での連載エッセイをまとめたもの。とても読みやすいです。所用1時間弱。
色々おもしろいけれど、「女の日記、二冊」の〈村の女湯よりも情報の伝達が速い今の世の中では見ないでいるのも難しいのです。〉という、奥様たちの“お持ち帰り”した小物などの白っぽいブログについての文章がおもしろかった。
「『私は猫ストーカー』あとがきのあとがき」もとてもいいな、と思いました。

〈文章を書くということについて、小学生だった頃からずっと思い続けていたことがあります。女友だち同士で集まったとき、私が感じたことを話すと私以外の友だちは顔を見合わせて一瞬間を置き、顔に「?」のマークを浮かべ、他の話題に移るということがよくあります。(中略)なぜか一対一だとそうはならず、友だちは頷きながら話を聞いてくれる。また、それと同じことを文章で書くと、不思議なことにもっと向きあって読んでくれるようになったのです。〉




[PR]
by bookrium | 2009-03-30 23:50 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)
春分(しゅんぶん)……太陽が春分点を通過する日。真東から昇った太陽が真西に沈む。昼と夜の長さがほぼ同じになるが、日本では昼の方が14分ほど長い。北極点または南極点の観測者から見ると、太陽は地平線と重なるようにして動き、昇ることも沈むこともない。
c0095492_2161937.jpg

写真は梨木香歩のエッセイ集。単行本は2002年に、文庫は2005年に出ました。文庫には「五年後に」という文章が加えられています。美しいカバーの写真は星野道夫。
この人の本を読むのはまだ3冊目だけど、やっぱり距離の置き方がほどよいので好きです。声高にならずに自分の権利を主張でき、慎ましく凛としている。

学生時代を過ごした英国S?ワーデンの下宿先「ウェスト夫人」と、夫人のまわりの人々との交友を綴りながら、「私」は考え続けている。ロンドンを挟んでS?ワーデンの真南のサウス?ダウンズ、スコットランド、トロントからプリンスエドワード島、トロントからニューヨーク?ラガーディア空港、そして日本へと、場所を移りながら。

読んでいて、心惹かれる文章がいくつもありました。

〈人を受け容れる気配にあふれた温かさ、かといって必要以上に好奇心をあらわにしたりしない適度の親密さ。この絶妙な距離感が心地よい。〉
〈日常を深く生き抜く、ということは、そもそもどこまで可能なのか。〉
「子供部屋」

〈あなた方は本当にそのことを話したいの? 私は心の中で呟く。あなた方が本当に、そのことを、話したいのなら私も口を開く。〉
「夜行列車」

〈私が惹きつけられるのは荒れ地に沼地、野山や小川、人の住んだ跡、生活の道具、人が生きるための工夫(信仰を含めて)そういうものだということが、そしてどうやら最後までそういうことに限定されそうだということが、人生の中間地点に差し掛かりしみじみわかってきたところだった。〉
「クリスマス」

〈――僕たち、足して二で割れないもんだろうか。
 ――そうだねえ、全ての人間を足してその数で割ったら、みんな分かり合えるようになるかなあ。
 ――うーん、でもそれもどうかなあ。
 ――分かり合えない、っていうのは案外大事なことかもしれないねえ。〉


〈私たちはイスラームの人たちの内界を本当には知らない。分かってあげられない。しかし分かっていないことは分かっている。ウェスト夫人は私の見た限り、彼らを分かろうと聖人的な努力を払っていた、ということは決してなかった。(中略)自分が彼らを分からないことは分かっていた。好きではなかったがその存在は受け容れていた。
 理解はできないが受け容れる。ということを、観念上だけのものにしない、ということ。〉
「トロントのリス」

こういう経験や物の見方の上に『村田エフェンディ滞土録』が成り立っているんだなぁ、と思う。
作者が師事した児童文学者ベティ?モーガン?ボーエンとは、どんな人なのだろう?

特に印象深いのは、荒野のコテージに暮らすことを考えた時の著者の言葉。

〈生活できるまで生活する、できなくなったら静かに去ります(go away)。〉


c0095492_2161933.jpg




[PR]
by bookrium | 2009-03-20 21:06 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)
c0095492_11444074.jpg

文藝春秋から2007年8月に出た本。
雑誌「面白半分」は1971年に創刊し1980年まで発行された月刊雑誌です。著者の佐藤さんは大光社から丸山(美輪)明宏の『紫の履歴書』というベストセラーも出し、27歳で株式会社面白半分を設立し自分が発行人になって雑誌を作り始めます。編集長は半年ごとに作家が入れ替わり。歴代編集長は、吉行淳之介、野坂昭如、開高健、五木寛之、藤本義一、金子光晴、井上ひさし、遠藤周作、田辺聖子、筒井康隆、半村良、田村隆一、と豪華な面々。

この本は、創刊から終刊まで続いた企画「随舌」に登場した延べ243人の中から40人を選んだものです。
「随舌」とは、吉行淳之介の造語。色んなインタビューをエッセイ風に、肉声を聞いているような文体でまとめています。面白い。

柴田錬三郎(長いパイプをくわえた写真カッコイイ)「野次馬でありたくない」、伴淳三郎「東の女西の女」、アン·ルイス(かわいい)「現代カワイコちゃん歌手·考」、太地喜和子「舞台と日常のあいだ」、淀川長治「テレパシー男」、金子兜太「古池に蛙飛び込み複雑骨折」、田村隆一「風狂風呂」……などなどバラエティに富んだお話。他の人も面白い。岸田今日子(美しい)に向田邦子とか森茉莉とかやなせたかしに水上勉。この本で初めて吉村平吉と神吉拓郎、山本直純の名前を知りました。

読んでて気に入ったところ…

〈ぼくの本の理想は、やはり、いつも底辺のところにあるもの。底辺のところにありながらも、ひとつの美しさ、ひとつのみずみずしさを持っているものなんだからね。〉
やなせたかし

〈いくら何万冊の理論を書いても一人の子供をも助けられないのなら無駄になる、そう感じますね。
 文化ってのは何でもないところにあるんじゃないかって気が……はっきりとしますね。そういう地味な、子供を助けるようなところにあるんじゃないか……と。〉
谷内六郎

〈どうしても純文学こそ人生のすべてみたいな考えがあるでしょう。それはとっても切ないし、たまらないことですね。
 そういう意味でもユーモア小説っていいですねえ。〉
落合恵子

〈生きてるから、まだなんかやるんだ、生きてる間は。〉
深沢七郎


他の人たちもぐいぐい読ませます。水上勉とか『金閣寺炎上』読もうと思った。野坂昭如もやっぱりいい。


今、手元にある佐藤さんの「面白半分」関係の本。
·大陸書房『雑誌 面白半分ないしょ話』(1982)
·集英社新書『「面白半分」の作家たち』(2003)
·平凡社新書『「面白半分」怪人列伝』(2005)
前にこのブログで新書を取り上げたらご本人からコメントがあり、「面白半分」を2冊、現物を貸していただきました。うれしいことでした。その後、雑誌を返した時に一度だけ電話でお話し、文藝春秋から今度随舌を集めた本が出ます、とおっしゃっていたので実物を見た時は、これかぁとちょっとうれしかったです。

「面白半分」の時代はほとんど生まれてないのですが、随舌を読んでも雑誌を見ても古さは感じない。それは著者があとがきで書いている言葉とも関係するのかもしれません。


〈あのころ経験した、ヒトとヒトとのアコースティックな関係のあいだに自ずから生ずるドキドキハラハラ、スリルと興奮に満ちた濃密なライブ感が年々減少していると感ずるのは、自分が年を重ねるともに感受性が鈍くなってきたせいばかりではない、と思えてならない。〉



面白半分BEST随舌選
面白半分BEST随舌選
posted with amazlet at 13.12.05

文藝春秋
売り上げランキング: 666,226
「面白半分」快人列伝 (平凡社新書)
佐藤 嘉尚
平凡社
売り上げランキング: 904,667

[PR]
by bookrium | 2009-03-11 11:44 | 好きな本 | Trackback | Comments(0)

北杜夫『少年』

c0095492_14453929.jpg

写真は昭和50年に出た中公文庫の薄い一冊。北杜夫は初めて読みました。77頁しかない短い小説ですが、少年の目から見たおぼろげな世界を描いています。

〈ゆうぐれ、川原の土手の草のなかに、ぼんやり寝ころんでいた。見あげる空が突きぬけてひろかった。
 川水の音を聞きながら、ぼくは考えた。空のふかさについて。そのふかさにつもる時間について。時間のひとすみにうごめく人間について。〉


著者北杜夫と同じ、信州松本の旧制高等学校の寮に入った17歳の〈ぼく〉。周りと比べるとまだ幼く、子どもとも大人ともつかない自分のことを、彼はこう言っています。

〈毎日、居ても立ってもいられないもの寂しさ。生きて鼓動している自分のからだが、やりきれなく寂しいのだ。ふと皮膚をふるわす、もののゆらぎ。神経をそよがす、もののかげ。このむずがゆい変化はどこからくるのだろう。ぼくは大人になりつつあるのかな。〉


無垢な少年は自然の中でとりとめのない回想夢想を積み重ねる。自分の中に芽生えた新しい感覚のために一度〈自然〉から追放された少年は、たったひとりでアルプスへ行き、〈怪異な、激越な、地獄をおもわせる別世界〉のような濃霧の中で神秘的な体験をする…。


この小説は北杜夫が23の時に書かれました。最初の長編小説『幽霊』の終章に、『少年』の最後の所はもっと精密に描かれているそう。
阿部知二の『地図』が好きな人は、この小説も好きな気がします。


 

[PR]
by bookrium | 2009-03-09 14:45 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)
啓蟄(けいちつ)……虫たちが冬眠から覚めてモゾモゾと出てくる時期。


c0095492_19392030.jpg

日高敏隆の『春の数えかた』は、寺田寅彦、中谷宇吉郎の随筆が好きな人は好きだろうと思います。
動物行動学者の著者が、さまざまな自然の変化について疑問を持ちます。


〈なぜ同じ種の植物は、みなきまった長さの花茎を伸ばして花をつけるのだろうか?〉
〈なぜ花たちは思い思いの高さに咲かないのだろう?〉
〈カタクリの花はどうしてギフチョウと同じ時期に咲くのだろう?〉
〈昆虫たちはいつから、どうして、花を訪れるようになったのか?〉
〈虫たちはなぜ光に集まるのか?〉
〈カマキリはどうやって来たるべき雪の深さを予知できるのであろうか?〉
〈自然が果てしない競争と闘いの場であるなら、「自然にやさしく」というとき、いったいそのどれにやさしくしたらよいのだろう? どれかにやさしくすれば、その相手には冷たくしていることになる。〉
〈しかしハスは、どうやって季節を知るのだろう?〉
〈ではペンギンは、ふつうに空を飛ぶ鳥と同じようにして水中を飛ぶのだろうか?〉



著者の目から見た自然は驚きや発見、さらなる疑問に満ちているよう。
こどものような素朴な疑問について、著者は幼い頃に春をさがしたことや学生の時に毎日小さなカイコの手術をして勉強したこと、真夜中に生物部の皆で虫の「夜間採集」をしたことなどを思い出しながら、思索をめぐらせます。ひとつ何かがわかっても、さらにわからないことが出てくる植物や動物の世界。

著者の人里への考え、利己的な自然の中で本来は存在しない自然との「調和」や「共生」への考えがなかなか興味深かったです。


〈人間は動物の一種であり、自分が生きて子孫を残していくことを目指して活動してきた。つまり、人間のやることには目標があり、その目標を立てかつ実現していくためのロジックがある。人間が田畑を切り開くのも、家や道路を作るのも、すべてこの人間のロジックによるものであった。
 人間がこのロジックを押し進めて自然に干渉する手を休めていると、そこには自然のロジックが押し返してくる。〉



c0095492_19392058.jpg

[PR]
by bookrium | 2009-03-05 19:39 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

『youngtree press』

c0095492_11423856.jpg

c0095492_11423833.jpg

c0095492_11423895.jpg

c0095492_11423834.jpg

写真はカメラマン若木信吾の企画したリトルマガジン『youngtree press』の2006年に出た5号。昨年10冊目で最終号を迎えました。今回ネットオークションで売れたので発送する前にパラパラ読み返してみたら、やっぱり良かった。

ここには4人の自ら撮った写真とその背景の自身や家族の物語が綴られています。淡々とした文章たち。作者はみな若いのに、こんなに上手なしずかな文章で自分の体験を書くことに驚く。

父が倒れて修道院にいる伯母を訪ねる、岡部桃の「シスター」。
耳が通常の半分くらいしか聞こえない幼い娘を心配して何度も検査をし、あだ名をつけてイヤリングのように補聴器をかける彼女を見つめる、松野みちかずの「オリポリ!」。
母と姉が出ていった広い家で暮らす父の元へ正月帰省し、初詣や夕飯の買い物をし、温泉で一緒に風呂に入り、また東京へ戻る〈僕〉に車の中から手を振る父を描く、市川貴浩の「親子二人」。
アメリカのサンフランシスコで出会ったホームレス、3ドルで撮らせてもらった彼の写真と、路上生活を始めてから11年間休むことなく詩を書き続けてきた彼の言葉、ノートいっぱいに書きなぐられたおびただしい言葉に触れる、森健人の「リッキー」。

どれもが、ささやかだけど生きている物語でした。
[PR]
by bookrium | 2009-03-04 11:42 | 好きな本 | Trackback | Comments(0)