〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


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カテゴリ:涼風本朝七十二候( 8 )

雨水末候・草木萌動(そうもくめばえいずる)……草木が芽生えはじめる頃。

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〈私は植物の愛人としてこの世に生まれてきたように感じます。あるいは草木の精かも知れんと自分で自分を疑います。〉

平凡社STANDARD BOOKS 牧野富太郎『なぜ花は匂うか』より、1936年、74歳。
幼い時からなんとなしに草木を好きだった著者。小学校が嫌になって自主退学した後、一貫して学んだ、遊んだのは、植物学だった。
ただ植物が好きで、〈一心不乱にそれへそれへと進んでこの学ばかりはどんなことがあっても把握して棄てなかった〉
60年あまり、わき目もふらずに各地の植物の研究を積みながらも、いつも書生気分で知識の未熟さを感じる。

〈少しくらい知識を持ったとてこれを宇宙の奥深いにくらぶればとても問題にならぬ程の小ささであるから、それはなんら鼻にかけて誇るには足りないはずのものなんです、ただ死ぬまで戦々競々として一つでもよけいに知識の習得につとむればそれでよいわけです。
私は右のようなことで一生を終わるでしょう。つまり植物と心中を遂げるわけだ。〉









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by bookrium | 2018-03-01 18:24 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
雨水次候・霞始靆(かすみはじめてたなびく)……遠くの山や景色に春霞がたなびき始める頃。

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〈詩と科学遠いようで近い。近いようで遠い。〉

平凡社STANDARD BOOKS湯川秀樹『詩と科学』より、冒頭のこの一篇は1946年39歳。

たった3頁弱の短い文章です。けれど深く、この一篇自体が詩のようです。

科学はきびしい先生、詩はやさしいお母さん。詩の世界にはどんな美しい花も、どんなおいしい果物もある。
詩と科学、近いように思われるのは、出発点が同じ、自然を見ること聞くことからはじまっているから。
しかし科学はどんどん進歩して、詩の影も形も見えない。

〈そんなら一度うしなった詩はもはや科学の世界にはもどって来ないのだろうか。〉

詩は、探しても見つかるとは限らない。けれど、ごみごみした実験室の片隅で科学者が発見したり、数式の中に目に見える花よりもずっとずっと美しい自然を見つけるかもしれない。
科学の奥底でふたたび自然の美を見出す。少数のすぐれた学者に見つけられた詩は、多くの人にわけられてゆく。

〈詩と科学とは同じ所から出発したばかりではなく、行きつく先も同じなのではなかろうか。そしてそれが遠くはなれているように思われるのは、途中の道筋だけに目をつけるからではなかろうか。どちらの道でもずっと先の方までたどって行きさえすればだんだん近よって来るのではなかろうか。そればかりではない。二つの道は時々思いがけなく交叉することさえあるのである。〉

湯川と同級生だった朝永振一郎は、湯川は百年先まで見ているといった。
この短い文章の先、遠い遠い先で、詩と科学がふたたび交叉する光景を、いつも想像します。それは光のある光景です。



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by bookrium | 2018-02-23 19:42 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
雨水初候・土脉潤起(つちのしょううるおう)The Earth Becomes Damp……雪が春の雨に代わり、大地に潤いを与える頃。

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〈ジャン・ジャック・ルソオは『自然に還れ』という。そして私は思う。自然に還れねばならぬ程自然を置去りにして社会に出かけた不幸な人々で如何に隙間もなく文化の世界が埋められていることかと。〉

平凡社STANDARD BOOKS中西悟堂『フクロウと雷』の末尾が「自然没入者の断想」です。1932年、36歳。
中西悟堂は明治28年金沢生まれ。

昆虫、鳥獣、植物の生態の観察は、限りない興味の秘密箱だという著者。神の無限の才能と創造力を見るような精巧さ多様さの万華鏡。〈智的な人々〉は、これらの生物の無尽の興趣に茫然自失することだろう、と。

〈自然の環境に置かれてある限り、人々は常に美と徳との善き調和の中に置かれている。〉

人々が自然を置き去りにし、小鳥や花や昆虫にまかせていることが文化だろうか。都会に鳥の訪れが少なくなったように人々の心に真の文化が少なくなり、古代の民が神聖視した樹木が駆逐されてゆくように人々から自然への敬虔の念が駆逐されつつある。

〈もしも人が自然の中にあって、自然の気質に無関心であるなら、最早そこには生命の調和がなく、人はただ心臓を鼓動させる一個の原始的生物、もしくは一個の物質となるであろう。〉

花や昆虫が人類に与えてくれたなぐさめ。どのような人の歳月にも、戦禍の大地にも、春は巡ってくる。
もう一度自然の中へ帰って、これらの言葉を綴る。
てんとう虫の行動を見ていたり、夏の小川に半身を浸して蜻蛉の産卵を眺めていたり、6月の林の中で巣の卵を抱いている親鳥の姿を見つめている、そんな人々は純真な驚きの心と、庇護の心とをもって、神聖に自然と対している。

〈私が所有したいものも亦、その目と配慮とに外ならない。〉








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by bookrium | 2018-02-19 21:48 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
立春末候・魚上氷(うおこおりをいずる)Fish Rise From the Ice……氷がぬるみ、割れた氷の上にに魚が飛び跳ねる頃。

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〈われわれは大きい自然の中で生きている。この自然は、隅の隅まで、精巧をきわめた構造になっている。その構造には、何一つ無駄がなくて、またどんな細かいところまでも、実に美しく出来上がっている。〉

平凡社STANDARD BOOKS 中谷宇吉郎『雪を作る話』の巻頭が「自然の恵み」です。1951年、51歳。
恩師の寺田寅彦が書いていた、精巧につくられた造花でも虫眼鏡でのぞいてみると汚らしいが、どんなつまらぬ雑草の一部でも顕微鏡でみると驚くほど美しい、という言葉。

〈そのものの深い奥底くにかくされた造化の秘密には、不思議さと同時に美しさがある。そしてその不思議さと美しさとにおどろく心は、単に科学の芽生えばかりではなく、また人間性の芽生えでもある。〉

水蒸気が〈かく〉にくっついて出来たきわめて小さい氷の結晶。上空で出来た氷晶がゆっくり降ってくる間に、さらに水蒸気が凍りつき、だんだん大きくなって、地表に雪の結晶が降ってくる。
小人の国の勲章のような美しい結晶に、人々は気づかない。

〈自分の眼で一片の雪の結晶を見つめ、自然の持っている美しさと調和とに眼を開くことの方が、ずっと科学的である。〉

顕微鏡を必要としない美しさ、科学への心。雪に限らず、人々の周囲にはあらゆるものが、常に自然の美しさと調和、全体の姿をあけ放している。
科学の普及が〈自然の女神の恵み〉を人間が受け入れる邪魔をしないことを希望する著者。

〈科学の進歩が、原子爆弾を作ることだけに役立つものならば、科学はむしろ進歩しない方がよいかもしれない。〉

原子力は人間の科学史上で勝利の一方、幸福をもたらすのか。
雪の結晶が空から降り積もることについて、親しみやすい案内の文章の中で、戦後6年の文章には原子爆弾の生々しさがあります。

〈しかし科学はたしかに人間の幸福に役立つものであって、その一つに、新しい美を発見する大切な要素があることを忘れてはならないのである。〉









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by bookrium | 2018-02-14 00:00 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
立春次候・黄鶯睍睆(うぐいすなく)The Nightingale Sings……春告鳥と呼ばれるうぐいすが鳴き始める

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平凡社STANDARD BOOKS 串田孫一『緑の色鉛筆』の末尾に収められた一篇が、「原子力と思考」です。1956年、41歳。

朝の放送で聞いた英国の古い歌。著者が不安について考える時に思い出される楽器の響き。
不安の芽生え。言葉で捉えきれない不安というものは、哲学、心理学、病理学でも、不安そのものはどうなる訳でもなかった。

〈けれども、ビキニの実験以来の僕たちの不安は、多くの虚像を伴った不安とは全く質の異うものである筈である。肉体が破壊され、生命がおびやかされる不安である。〉

事件以来、科学者の説明を他人事のように聞けず、直接交渉にあたる政府のあいまいな無責任な言葉に呆れる。
これらの人々に怒りを示すのは当然だが、その前に自分たちの問題が沢山残っている。
放射能の事件を笑って忘れようとする誘惑。笑いが不安をほぐそうとする。

〈人間は忘却という全く副作用のないらしい薬をのみ下すことによって、逃避をつづけながら、生命を存続させている。〉

〈しかし忘れてはならないものもある。何もかも忘れてしまうのがよいことではない。〉

この本は2016年に出版されました。2011年の放射能事故に、1954年のビキニ水爆実験への言葉が重なり、揺さぶります。
新たな不安、恐怖の実感を正直に味わう。勇気を持ち、意地も張る。

〈そして、これは今の僕たちには実につらい努力なのだが、この不安の中から、人間の善意を信ずることができるような、僅かな光を正確に見届けたいのである。すがりつく糸としてではなく、人類の新しい信頼の道として。〉





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by bookrium | 2018-02-09 00:00 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)

東風解凍--『柿の種』

立春初侯・東風解凍(はるかぜこおりをとく)Spring Winds Thaw the Ice……東から吹く風が厚い氷を解かし始める時季。立春を過ぎて最初に吹く強い南風が春一番。

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〈日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕切られている。
 このガラスは、初めから曇っていることもある。
 生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。
 二つの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴が一つ明いているだけである。
 しかし、始終ふたつの世界に出入していると、この穴がだんだん大きくなる。
 しかしまた、この穴は、しばらく出入しないでいると、自然にだんだん狭くなって来る。
 ある人は、初めからこの穴の存在を知らないか、また知っていても別にそれを捜そうともしない。
 それは、ガラスが曇っていて、反対の側が見えないためか、あるいは……あまりに忙しいために。
 穴を見つけても通れない人もある。
 それは、あまりからだが肥り過ぎているために……。
 しかし、そんな人でも、病気をしたり、貧乏したりしてやせたために、通り抜けられるようになることはある。
 まれに、きわめてまれに、天の焔を取って来てこの境界のガラス板をすっかり熔かしてしまう人がある。〉

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寺田寅彦の『柿の種』は今までも紹介しています。岩波文庫の最初に収められたこの短文は大好きな文です。以前もこのブログに載せています。
二つの世界を行き来していきたいな、と思います。それは、生活と詩であったり、陶芸と古本であったり、ブログと雑誌であったりします。
ずっと狭くなっていた穴を、広げて通り抜けられるように。
去年は続けられませんでしたが、大正9年に書かれた寅彦のこの文をきっかけに、能登の風景に涼しい風通しのいい本を集めたカテゴリ〈涼風本朝七十二候〉を始めたいと思っています。





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by bookrium | 2018-02-05 12:55 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
黄鶯睍睆(うぐいすなく)The Nightingale Sings……春告鳥と呼ばれるうぐいすが鳴き始める

〈世界を、こんなふうに見てごらん。
この本を、これからの少年少女と大人に贈る。
人間や動物を見るときのぼくなりのヒントをまとめたものだ。
生きているとはどういうことか。
豊かな見方をするといいと思う。〉「はじめに」

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2010年1月に発表された、日高敏隆『世界を、こんなふうに見てごらん』。
これは動物行動学者の著者の最後の著作。2009年11月に亡くなられ、著者の代わりに「あとがき」は12月に今福道夫氏が書かれています。

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〈先生は最後まで、自分が見て感じたものを書き残そうとしていた。〉「あとがき」

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by bookrium | 2017-02-08 22:04 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
東風解凍(はるかぜこおりをとく)Spring Winds Thaw the Ice……東から吹く風が厚い氷を解かし始める時季。立春を過ぎて最初に吹く強い南風が春一番。


〈自然科学者が書いた随筆を読むと、頭が涼しくなります。科学と文学、科学と芸術を行き来しておもしろがる感性が、そこにあります。〉「STANDARD BOOKS 刊行に際して」平凡社

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〈(前略)何冊かお借りして読んでみたところ、わたしの知っている読書とは違う感じがしました。/小説の読後感とは違うのです。/乾いた涼しい風が吹いてくる読書なのです。〉

高野文子の『ドミトリーともきんす』のあとがきより。このまんがは2014年に中央公論新社から発行されました。

〈科学の本棚〉を前にした、お母さんの〈とも子〉と娘〈きん子〉。
本棚の背表紙を見て〈懐かしい名前だわ。〉と、とも子が言ったのは、〈朝永振一郎〉〈牧野富太郎〉〈中谷宇吉郎〉〈湯川秀樹〉の4人。

とも子は娘きん子に、語ります。
〈ううん。会ったことはないわ。お母さんよりずっと年上だもの。〉
〈10や20ではたりなくて、100に近いくらい上の人なのよ。〉
〈会ってみたかったな。ただ、とっても偉い人達だから、お母さんは、あがっちゃって何も言えないと思うけれど。〉
〈だけどもしもよ。彼らがまだ世に出る前の若者で、これまた不思議なことに、わたしたちのご近所さんだったとしたなら、〉
〈こんにちは、ごきげんいかが?って、声をかけてみたいわ。〉

朝永振一郎は「子どもたちに向けた言葉」として、こんな言葉を残しています。

〈ふしぎだと思うこと これが科学の芽です
よく観察してたしかめ そして考えること これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける これが科学の花です〉

科学者がいかに科学の花を咲かせたか、彼らの視線のゆくえ、残した言葉を辿り、いま読み直すこと。
その手掛かり、案内人のような1冊です。

とも子ときん子がまかなう小さな山小屋のような下宿、ドミトリーともきんす。その2階には科学の勉強をする学生が住んでいます。トモナガ君、マキノ君、ナカヤ君、ユカワ君。
トモナガ君は鏡と物理学について考えたり、マキノ君は梅を描き、ナカヤ君は中庭で雪の観察をします。

〈さて、きん子さん。雪は 天からの手紙だということを 知っていましたか?〉
〈いいえ、知りませんでした。お手紙、読んでよんで。〉
〈ちょうど一通届きました。これを読んでみましょう。〉

ユカワ君はきん子とお豆のスナックを食べ、数について考えます。ポリポリたべるふたりの絵が可愛くて大好きです。
ユカワ君はこんな言葉も言っています。

〈科学とは/いっぺん遠いところへ行くことなのです。/遠いところへ行ってみると、ようわかることがありまして。〉

とも子はユカワ君に尋ねます。
〈科学が進めば、いつかケガや病気を恐れずにすむ日がくるでしょうか。〉
〈ともきんすに住むみなさんが、たくさんの計算をつめば 将来におこる物事を前もって知ることが、できるのではありませんか?〉

ユカワ君はとも子は「可能の世界」に住んでいると話します。
実現を待っている無数の事実から、どれが選ばれるか決定する「法則」はいまのところ見つかっていない。
どんなにたずねても「確率」としか言えないことで、とも子は不運のあきらめもつきます。

〈ひるがえせば、希望があると考えても、さしつかえないわけだもの。〉

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このブログの新しいカテゴリ「涼風本朝七十二候」は、1年かけて、季節を感じながら、〈涼しい風〉が吹いている本を読んでみようと思います。
いまは私は小説を積極的に読めないけれど、涼しい本なら、手に取れる気がします。

〈境界を越えてどこでも行き来するには、自由でやわらかい、風とおしのよいこころと「教養」が必要です。その基盤となるもの、それが「知のスタンダード」です。手探りで進むよりも、地図を手にしたり、導き手がいたりすることで、私たちは確信をもって一歩を踏み出すことができます。〉「STANDARD BOOKS 刊行に際して」平凡社

「科学の本棚」の前で、とも子は語りかけます。

〈「ドミトリーともきんす」はまもなく閉館ですが、ご安心ください。棚にはまだ、たくさんの本が並んでいます。〉



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by bookrium | 2017-02-06 00:16 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)