〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


by bookrium
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立春――『立春の卵』

立春(りっしゅん)……旧暦で、この日から春となる。厳しい冬の寒さの中に、ふと春の気配を感じはじめる頃。

〈立春の時に卵が立つという話は、近来にない愉快な話であった。〉

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岩波文庫『中谷宇吉郎随筆集』より。
〈昔から「コロンブスの卵」という諺があるくらいで、世界的の問題であったのが、この日に解決されたわけである。というよりも、立春の時刻に卵が立つというのがもし本統ならば、地球の廻転か何かに今まで知られなかった特異の現象が隠されているのか、あるいは何か卵のもつ生命に秘められた神秘的な力によるということになるであろう。〉

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中谷宇吉郎は外国で卵が立った新聞の記事を読み、〈しかし、どう考えてみても、立春の時に卵が立つという現象の科学的説明は出来そうにもない。〉と疑問を持つ。
〈立春は二十四季節の第一であり、一年の季節の最初の出発点であるから、何か特別の点であって、春さえ立つのだから卵ぐらい立ってもよかろうということになるかもしれない。しかしアメリカの卵はそんなことを知っているわけはなかろう。とにかくこれは大変な事件である。〉

寒さのために卵の内部が安定した説、重心、流動性、科学者たちの説明はどれも一般の人、そして中谷を納得させない。
〈一番肝心なことは、立春の時にも立つが、その外の時にも卵は立つものだよ、とはっきり言い切ってない点である。〉


〈一番厄介な点は、「みなさん。今年はもう駄目だが、来年の立春にお試しになってはいかが」という点である。しかしそういう言葉に怖(おじ)けてはいけないので、立春と関係があるか否かを決めるのが先決問題なのである。それで今日にでもすぐ試してみることが大切な点である。〉


朝新聞を読んだ中谷は早速妻にひとつだけあった卵を持って来させ、食卓で卵を立ててみる。
妻も別の机で立ててみる。
つぎは、ゆでた卵を立ててみる。〈大いに楽しみにして待っていたら、やがて持って来たのは、割れた卵である。「子供が湯から上げしなに落としたもので」という。大いに腹を立てて、早速買いに行って来いと命令した。細君は大分不服だったらしいが、仕方なく出かけて行った。〉
細君は卵二つを買って帰ってきた。〈子供が病気だから是非分けてくれと嘘をついて、やっと買って来たという。大切な実験を中絶させたのだから、それくらいのことは仕方がない。〉
生卵、ゆで卵での検証をする。割ってみて、黄身のサイズも計る。

〈要するに、もっともらしい説明は何も要らないので、卵の形は、あれは昔から立つような形なのである。〉

〈人間の眼に盲点があることは、誰でも知っている。しかし人類にも盲点があることは、余り人は知らないようである。卵が立たないと思うくらいの盲点は、大したことではない。しかしこれと同じようなことが、いろいろな方面にありそうである。そして人間の歴史が、そういう瑣細な盲点のために著しく左右されるようなこともありそうである。〉




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by BOOKRIUM | 2012-02-04 10:50 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)