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〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


by bookrium
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春分――『春昼』『春昼後刻』

春分(しゅんぶん)……昼と夜の長さがほぼ同じになる頃。この日から後は昼の時間が長くなって行く。花冷えや寒の戻りがあるので、暖かいと言っても油断は禁物。彼岸の中日。


〈十一月、「春昼」新小説に出づ。うたゝねに恋しき人を見てしより夢てふものは頼みそめてき。(中略)「春昼後刻」を草せり。蝶か、夢か、殆ど恍惚の間にあり。〉
(自筆年譜)
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栞にしている観覧券は、泉鏡花記念館にはじめて入った時のもの。裏には〈2000年.9月.6日(水)〉と書いてあった。
『春昼』は明治39年11月、『春昼後刻』は同年12月に発表。鏡花33歳。
前年に祖母を失い、鏡花は静養のために妻すゞを伴って、東京から逗子へ転居した。静養は明治42年2月まで及んだ。
『春昼』は高校生の時読んだ。同じ逗子の頃の『草迷宮』も好き(久世光彦さんが5歳位から読んでた話を書いてた)。


おだやかな春の昼下がり、散策の途中、書生の青年は山寺の丸柱に貼られていた歌に目を留める。懐紙に優しく美しく書かれた女文字。出会った気さくな和尚から、その和歌にまつわる不可思議な男女の物語を聞く。

〈しかし、人には霊魂がある、偶像にはそれがない、と言うかも知れん。その、貴下(あなた)、その貴下、霊魂が何だか分らないから、迷いもする、悟りもする、危みもする、安心もする、拝みもする、信心もするんですもの。
  (中略)
偶像は要らないと言う人に、そんなら、恋人は唯だ慕う、愛する、こがるるだけで、一緒にならんでも可いのか、姿を見んでも可いのか。姿を見たばかりで、口を利かずとも、口を利いたばかりで、手に縋らずとも、手に縋っただけで、寝ないでも、可いのか、と聞いて御覧なさい。
 せめて夢にでも、その人に逢いたいのが実情です。〉


そう言う和尚の言葉を聞いた男は、柱にあった歌を思い出す。
小野小町の古歌を書いたのは、玉脇みをという美しい婦人だという。その恋歌のために、一人殺した。

〈恋で死ぬ、本望です。この太平の世に生れて、戦場で討死をする機会がなけりゃ、おなじ畳で死ぬものを、憧(こが)れじにが洒落ています。〉

詳しく話を聞くと、この久能谷に住むという玉脇夫人、その家には以前、ある客人の男が住んでいたという。客人は和尚に自分の恋心を語っていた。

〈唯すれ違いざまに見たんですが、目鼻立ちのはっきりした、色の白いことと、唇の紅(あか)さったらありませんでした。
  (中略)
 真直に前に出たのと、顔を見合わせて、両方へ避ける時、濃い睫毛から瞳を涼しく?(みひら)いたのが、雪舟の筆を、紫式部の硯に染めて、濃淡のぼかしをしたようだった。
 何とも言えない、美しさでした。〉


恋心を募らせた客人は、山路から囃の音に誘われて靄に包まれ、大きな横穴のある行き止まりに出る。ふと、拍子木がカチカチ鳴る。

〈で、幕を開けたからにはそれが舞台で。〉


ぼんやり一人で窪みを見ていると、暗い穴が30、50と。その中にずらりと並んだ女、女、女。座ったの立ったの片膝立てたの、緋の長襦袢、血を流したの、縛られたの。遠くの方は、ただ顔ばかり。仕切りの中からふらり、一人の婦人が音も無く現れて、舞台へ上がった。じっと客人の方を見る。その美しさ。――〈正しく玉脇の御新姐で。〉

客人が見たのは玉脇みをだけではなかった。
拍子木が鳴り、自分の背後から、ずッ、と黒い影がみをに寄り添う。こちらを向いた影の顔は、自分だった。影の自分は玉脇みをの寝衣の上を指の先でなぞる……△、□、◯と。
それを見た客人が夢中で逃げた翌日、玉脇みをは参詣し、あの歌を貼付けた。

   〈うたゝ寝に恋しき人を見てしより
         夢てふものは頼みそめてき
                ――玉脇みを――〉


客人の死骸は海で見つかった。(『春昼』)


和尚から話を聞いた男は庵を辞し、話を思い返しながら帰路につく。
ふと、行きがけに出会った、畑仕事をしていた親仁と再会する。寺に行く前、ある家を伺っていた蛇を忠告したのだ。親仁が蛇を片付けた後、家の主が忠告してくれた男に礼を言いたいという。
土手の上で紫の傘をさして休む、霞の端を肌に纏ったような美しい人。
玉脇みをだった。
彼女は「恋しい懐かしい方」に似たお方、と男のことを言う。

〈「そういうお心持ちでうたた寝でもしましたら、どんな夢を見るでしょうな。」
 「やっぱり、貴下のお姿を見ますわ。」
 「ええ、」
 「此処にこうやっておりますような。ほほほほ。」〉

〈「貴下、真個(ほんとう)に未来というものはありますものでございましょうか知ら。」
 「…………」
 「もしあるものと極りますなら、地獄でも極楽でも構いません。逢いたい人が其処にいるんなら。さっさと其処に行けば宜しいんですけれども、」〉


みをが持っていた手帳に、歌か絵が出来たのかと男は見せてもらう。
一目見て男は蒼くなった。
鉛筆で幾度も書かれていたのは、◯、□、△……。

太鼓の音が聞こえ、ふたりの前に獅子頭を乗せた角兵衛の子供たちが現れる。上は13・4、下は8つばかり。みをは子供たちを呼び止め、言づてを頼む。

    〈君とまたみるめおひせば四方の海の
           水の底をもかつき見てまし〉


手帳の端に書いた受け取る人のない歌。唯持って行ってくれればいい、とみをは子供たちに言う。上の子は幼い方の獅子頭の口を開いて、その中に納めた。

〈水の底を捜したら、渠(かれ)がためにこがれ死にをしたと言う、久能谷の庵室の客も、其処に健在であろうも知れぬ。〉


男はこの後、手紙の行方を知る。

〈玉脇の妻は霊魂の行方が分かったのであろう。〉
(『春昼後刻』)

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気になったところ覚え書き…
・観世音菩薩(桜心中でもでた)
・獅子頭の中に供える(天守物語でも)
・客人と、みをの△?◯の順番が違うのは意味がある?
・△?◯は墓石?
・囃、舞台の拍子木と、角兵衛獅子の太鼓。
・和尚が語るスタイル(高野聖のような入れ子)
・夢うつつの舞台(泉鏡花記念館で再現)より、みをのノートが怖い。


 
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by bookrium | 2010-03-21 16:30 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)