〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


by bookrium
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啓蟄――『青い犬の目(Ojos de perro azul)』

啓蟄(けいちつ)……冬ごもりをしていた虫(蟄)が、穴を開いて(啓いて)動き出す日。一雨降るごとに気温があがってゆき、春に近づいていきます。日差しも徐々に暖かくなってきます。
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〈その時、彼女はぼくを見た。彼女がぼくを見るのはそれがはじめてだと、ぼくは思った。(中略)光に照らされた彼女のまぶたは毎夜見なれたもののようにも思えた。そう思った瞬間、いつも頭にこびりついていたあの言葉がぼくの口をついて出た。《青い犬の目》すると彼女は燭台に手を置いたまま、《その言葉よ。もう忘れないようにしましょうね》と言った。そして今まで立っていた場所から移動しながら、ささやきかけてきた。《青い犬の目。わたしは、この言葉をいろんな場所に書きつづけてきたのよ》〉

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ガルシア=マルケスが若い日々に書いた『青い犬の目 死をめぐる11の短篇』井上義一 訳 より表題作。単行翻訳本が出版されたのは20年前の1990年。

〈《わたしは毎晩夢の中に現れて、青い犬の目と言いつづけたのよ》〉


夢の世界を浮遊するような女の言葉。

〈彼女の人生は《青い犬の目》というあの合い言葉を通じて、現実の中にぼくを見つけだすことに捧げられてきたのだった。それで街の中を大声を出して歩き、自分を理解してくれるただ一人の人間を探していたのだった。〉


彼女の話を聞いた〈ぼく〉は、目が覚めると〈君に会うための言葉〉が何だったのか忘れてしまうだろうと言う。

〈《はじめに、あの言葉を思いついたのはあなたなのよ》と彼女が言った。そこで、ぼくは《確かに、思いついたのはぼくだ。でもそれは、君の灰色の目を見たからだ。それなのに、次の朝になると、あの言葉を忘れてしまうんだ》と、言った。〉
〈《世界中のあらゆる都市の、あらゆる壁に「青い犬の目」と書かなければならないね》と、ぼくは言った。〉


遠い夢の中で何年も重ねた逢瀬。触れれば、何もかも消えてしまうだろう。ふたりは別々の世界で目覚め、眠ればまた出会うことはできるかもしれない。でも、会えないかもしれない。男はここを出て、目を覚まさなければならない。

〈《ドアを開けないで。廊下はうるさい夢でいっぱいなのよ》〉


〈外に出ると一瞬風が吹き寄せ、しばらくすると止んだ。ベッドで寝返りを打った人の寝息が聞こえてきた。野原の風が止まった。もう匂いはしなくなった。《そういうことなら、明日また君に気づくだろう。街で壁に「青い犬の目」と書いている女の人を見たら、君だと気づくだろう》と、ぼくは呟いた。彼女は悲しげな微笑を浮かべ――それはすでに、不可能なもの、手の届かないものに身を預けた微笑だったが――ぼくに言った。《でも日中は何ひとつ思い出せないわ》そして、もう一度燭台に手を置き、暗い霧に顔を曇らせた。《あなたは目が覚めると、夢に見たことを何ひとつ憶えていない、ただひとりの男なのよ》〉


短い話だけれど、なんとなく物悲しく、目覚めない夢の世界にひとりでいるような、女性のこの言葉が印象深かった。

〈《わたしは真夜中に目が覚めると、ベッドの回りをぐるぐる歩き、燃えるような枕の糸屑を膝に絡ませて、青い犬の目、って繰り返し言うのよ》〉


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by bookrium | 2010-03-06 00:02 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)