人気ブログランキング |

〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


by bookrium
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

大雪――『幻の光』『猿籠の牡丹』

大雪(たいせつ)……山では雪が激しく降り積もる頃。冬至に近づき、日暮れの時間がとても早くなっていきます。


〈きのう、わたしは三十二歳になりました。兵庫県の尼崎から、この奥能登の曾々木という海辺の町に嫁いできて丸三年がすぎたから、あんたと死に別れて、かれこれ七年にもなるんです。〉

c0095492_12204458.jpg

昭和53年、芥川賞を受賞した宮本輝が31歳の時に発表した『幻の光』。

貧しい長屋暮らしの子どもの時、失踪した祖母と入れ替わりのように現れた〈あんた〉。その幼なじみの夫も、不意に理由も判らず鉄道自殺してしまう。子どもが生まれて3ヶ月、ゆみ子が25歳の時だった。〈あんた〉から逃げるように、ゆみ子は息子を連れて、妻を亡くし娘と父親と暮らす能登の板前の民雄と再婚する。

〈わたしは輪島に着くまで、ずっと外を見つめたまま、死んだあんたと話をしてた。何を話したのか思い出すこともでけへんけど、もうそのころには、自分ひとりになると、無意識のうちにあんたに話しかけてしまう習慣がついてしもてたんでした。そして、わたしの話しかけてるあんたは、線路を歩いて行く、うしろ姿のあんたやった。〉


能登での暮らしの中で〈あんた〉に呼びかけ続けるゆみ子の記憶が、波のように行きつ戻りつする。
なぜ自殺したのか。答えは判らないのに考え続けるゆみ子に民雄がぽつんと言う。

〈「人間は、精が抜けると、死にとうなるんじゃけ」〉


〈いったいどんな考えから、民雄さんが言うたのか、それきり確かめたこともないけど、確かにこの世には、人間の精を抜いていく病気があるんやと、あれ以来わたしは考えるようになった。体力とか精神力とか、そんなうわべのものやない、もっと奥にある大事な精を奪っていく病気を、人間は自分の中に飼うてるのやないやろか。そうしみじみと思うようになったのでした。
 そして、そんな病気にかかった人間の心には、この曾々木の海の、一瞬のさざ波は、たとえようもない美しいものに映るかも知れへん。〉


長い間、この小説の舞台がなぜ曽々木なのか、疑問だった。

c0095492_12211784.jpg

宮本輝が選んだ短篇を集めた『わかれの船』。その最後に収められたのは水上勉『猿籠の牡丹』だった。発表は昭和39年。

平家の落武者たちの末裔が住むという庄川渓谷の猿籠(さるご)の部落(むら)。曽々木に生まれ、高岡で女中をしていたとめは、猿籠出身で老いた母と二人暮らしの安吉に惹かれ、淋しい村だとわかっていても嫁ぐ。バスを降り、三里の山道を歩いたあとで猿籠に乗る時、足の悪いとめはほっとした。

〈安吉は先にとめをのせ、あとから自分も同乗すると、巧妙に綱をひっぱって渡りはじめた。とめは下をみた。深い渓谷だった。奈落のようにみえて身の毛がよだつほど冷えた。恐ろしかったのである。とめの躰を安吉がはじめて抱いたのはこの時だった。
 (中略)
 とめは猿籠に身をあずけて谷をわたるのは、安吉に躰をあたえることといっしょだと思った。猿籠に乗るのはこわくはない。安吉と末永くいっしょに暮らそう。どんなにつらいことがあっても、ひとりで、この谷を渡らないぞ、と決心した。〉


しあわせを掴みそうだったとめの人生は、安吉に赤紙が来たことで狂ってしまう。
『幻の光』のゆみ子と『猿籠の牡丹』のとめが、なぜ不幸にならなければいけないのか、ずっと疑問に思っていた。
この五箇山のHPで猿籠の写真を見つけて「お小夜節」を知り、イメージが繋がっているのかな、と思う。
輪島出身の遊女のお小夜は加賀騒動で庄川へ流刑されるが、罪人なのに身ごもったことを苦にして川に身を投げてしまう。
〈もとの輪島へ 帰りたい〉というお小夜、南天の実を握ったまま谷底に消えたとめ、幻の夫に問い続けるゆみ子。


輪島を臨む曽々木の海。曽々木は氷柱が斜めに凍るくらい風強い。でもこの穏やかなも曽々木。輪島にはお小夜塚もある。
c0095492_1601252.jpg
c0095492_1603915.jpg




幻の光 (新潮文庫)
幻の光 (新潮文庫)
posted with amazlet at 13.12.09
宮本 輝
新潮社
売り上げランキング: 241,184
わかれの船 (光文社文庫)

光文社
売り上げランキング: 425,505

トラックバックURL : https://bookrium.exblog.jp/tb/13666000
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by bookrium | 2009-12-07 03:18 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)