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〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


by bookrium
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杉森久英 能登と金沢の間

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平成7年(1995)に石川近代文学館から発行された『石川近代文学全集6 杉森久英』。杉森久英は明治45年(1912)に七尾で生まれた作家。文章は平明で読みやすいです。
本の半分は小説の「能登」「天才と狂人の間」。それに能登や金沢の思い出を綴った随筆が色々。年譜、後半の随筆から読み始め、最後に「能登」を読みました。

「能登」は全二十章の自伝的な小説。この本には途中の第七章から第十二章はカットされてたので、いつか読んでみたい。七尾で生まれ、金沢の元芸者で祖父の後妻の〈おばば〉と〈でかおばば〉に育てられる芳雄。役人の父や教員の母など、周りの大人、排他的な能登の世界を非常に冷静に描いている。5歳から始まり、学生運動の盛んな時期に金沢の四高で学び自分は文学で生きる他ないと決める18歳まで。
地の文は標準語だけど台詞は能登弁。能登という土地、金沢への強い憧れ、土地の因襲に馴染みきれないけれど抜け切れもしない両親の様子。文学の話を聞きたくて、夏目漱石の弟子の松岡譲と親しい中学の教師、都築に勇気を出して泣きそうになりながら話しかけたり、四高で文芸部の退廃的な小山に友達になってもらいたくても子供なので全然相手にされなかったり…というところがいじらしい。

島田清次郎を描いた直木賞受賞作「天才と狂人の間」は、ずっと読もう読もうと思っていた一篇。島田清次郎についてはまた別で書きます。

七尾の書家、横川巴人について書いた「能登の人」。20歳上の異父兄、無角道人が中里介山と親しくて『大菩薩峠』の道庵先生のモデルとか、巴人自身も別の小説のモデルになったり、名前だけ知っていた横川巴人をもっと知る。

「雪の町の少女」という小説は短いけど結構好き。金沢がすごく憂鬱そうな町。30年前の幼すぎる少女への淡い恋心。

「雪ぐにのひと」は何冊か出ている〈一癖斎先生〉シリーズの一篇。この小説にふさわしい挿絵は小島功しかないなと思った。


四高や能登の思い出を綴る随筆は、昔を(特に食べ物を)懐かしむ様子が伝わってくる。気になるところは色々あって、金沢の春の淡雪のようなくちどけの寿煎餅というお菓子(今もあるのかな?)と、七尾の茶碗豆腐(丸くて中にカラシの餡が入ってる。中に何も入ってない茶碗豆腐なら食べるけど、はじめて知った)が食べてみたい。「だごじる」では〈諸君! 自家製のツミイレを食べたまえ!〉とまで言ってて面白い。

昭和25年に発表した「藤沢清造のこと」について、昭和54年の「「悲惨な末路」という伝説――藤沢清造」で自分が描いた清造のイメージの影響を考え、過去の記述を訂正したり、人柄が伺えます。

〈その頃から、中野重治は僕たちに近い作家だつた。〉
という四高の先輩、中野重治についての文章。〈人間が自分の良心を売り渡すこと、自分の品位をなくすること、――結局、自分が自分でなくなることの卑しさ、みじめさを、ほかの誰が中野ほど痛切に感じ得たであろうか?〉


最後の年譜を見ると、東大を出た後、熊谷の中学校で教えている。
昭和11年(1936) 24歳
〈国語・漢文を担当、文法、仮名遣い、書き取りを喧しく言う。(中略)文学雑談をよくする。ズボンのポケットに両手を突っ込み、口を突き出して歩いていたので「キセル」のあだ名をつけられる。〉

昭和12年(1937) 25歳
〈下宿には文学好きの生徒たちが集まるようになる。〉

昭和13年(1938) 26歳
〈「一種の人間嫌い」になって、不愉快な日々を送る。下宿で台湾猿を二匹飼う。〉


…なぜそうなる? と思うけど、芥川賞候補になった小説「猿」は、この猿たちのおかげなんだろうか。
教師が向かないと27歳で新卒募集のはずの中央公論社に入り、原稿依頼に行ったのに萩原朔太郎を怒らせたり、転々とした後、河出書房で「文芸」の編集長をしている。『阿部知二作品集』の企画をしたり、退社後も月一回の〈阿部さんの会〉の世話人になったりしていて、阿部知二と杉森久英はつながりがあったんだなと知れてよかった。
杉森久英の思い入れのありそうな太宰治の伝記もいつか読んでみたい。


加能作次郎が左手の親指で能登半島を語ったように、「ふるさと能登の思い出」での杉森久英の表現は印象深かった。そんなふうに考えたことがなかったから。




〈能登半島を竜にたとえるなら、その竜が口に半分くわえて、呑み込もうか、吐き出そうかと迷っているようにみえる珠玉に当たるのが、能登島である。〉

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by bookrium | 2009-04-04 23:59 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)