〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


by bookrium
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七ツ島の蜃気楼

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5/10の七ツ島と夕陽。

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5/12の七ツ島の蜃気楼。水平線に島が浮いています。たまにあるみたいですが、初めて見ました。

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# by bookrium | 2018-05-12 20:54 | 奥能登歳時記 | Comments(0)

藤澤清造の墓参り

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今日は祥月命日なので、七尾市のお寺に藤澤清造のお墓を訪ねました。
山門の横の葉桜を見て、西村賢太の最初の小説を思います。
静かなお寺に入って、お墓を探そうと思ったら、結構目立つところにありました。お花がないので、西村さんはまだ来てなさそうです。
藤澤清造については、17位の時に石川近代文学全集でその生涯、死因を知ってから、特別な作家です。
最近西村さんの本を集中して読んでるのですが、やっぱり『芝公園六角堂跡』、特に「十二月に泣く」がいいな、と思います。ピュアで、いいです。それまで読んだ拘泥、暴力の身勝手な論理の中で、最後に残されたものが、やっぱり清造しかない。まざまざと、孤独で、無垢で、それが良いとか素晴らしいという訳ではないですが、触れる感じがしました。
清造についていつか文章を書けたらな、と思っています。清造と、「十二月に泣く」。
西村さんの暴力物に喜ぶ人は、清造あんまり興味ないだろなあと思います。西村さんの文章は、とても読みやすいです。dv心理を知ることができるけど、非常にしんどくなります。
清造は、菊池寛に無理矢理下駄を買わせるエピソードが好きです。



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# by bookrium | 2018-04-29 19:54 | 北陸の作家 | Comments(0)

能登 vol.31が出ました。

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地産地消文化情報誌『能登』春号が発売されました。

特集Iは能登國1300年ということで、歴史散歩は鹿島郡です。国指定史跡の七尾城跡、石動山、能登国分寺跡、石川県内の約4割が集中した「古墳の宝庫」鹿島郡。
5泊6日気多の神が七尾へ渡御するおいで祭りを追いかけた頁も面白いです。

特集IIは中能登町。農家レストランや農家民宿、移住して農業を営む人たち。中でも、古民家のリラクゼーションサロンの納屋を利用した花苗交換所が、いいなと思い素敵でした。

特集IIIは曽々木今むかし。昔観光バスが凄かったと聞いてました。今の道を見ても想像つかないなと思ってましたが、読むと面白いです。役小角が修行してた穴にはまだ入ったことがないです。

芝雪の連載・能登文学紀行の第2回は「宮崎孝政 櫻の花はちらないのだ」
宮崎孝政は2009年にこのブログで取り上げています(冬号の加能作次郎もそうでした)。9年経って、自分の中で沈めていたものが、世の中へ浮いて出た感じです。
孝政の詩をこれから読む人が増えたらいいなと思います。

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ペーパーもまた作ってみました。孝政についてもまた書いてみました。




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# by bookrium | 2018-04-14 21:07 | 本のまわりで | Trackback | Comments(0)
雨水末候・草木萌動(そうもくめばえいずる)……草木が芽生えはじめる頃。

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〈私は植物の愛人としてこの世に生まれてきたように感じます。あるいは草木の精かも知れんと自分で自分を疑います。〉

平凡社STANDARD BOOKS 牧野富太郎『なぜ花は匂うか』より、1936年、74歳。
幼い時からなんとなしに草木を好きだった著者。小学校が嫌になって自主退学した後、一貫して学んだ、遊んだのは、植物学だった。
ただ植物が好きで、〈一心不乱にそれへそれへと進んでこの学ばかりはどんなことがあっても把握して棄てなかった〉
60年あまり、わき目もふらずに各地の植物の研究を積みながらも、いつも書生気分で知識の未熟さを感じる。

〈少しくらい知識を持ったとてこれを宇宙の奥深いにくらぶればとても問題にならぬ程の小ささであるから、それはなんら鼻にかけて誇るには足りないはずのものなんです、ただ死ぬまで戦々競々として一つでもよけいに知識の習得につとむればそれでよいわけです。
私は右のようなことで一生を終わるでしょう。つまり植物と心中を遂げるわけだ。〉









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# by bookrium | 2018-03-01 18:24 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
雨水次候・霞始靆(かすみはじめてたなびく)……遠くの山や景色に春霞がたなびき始める頃。

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〈詩と科学遠いようで近い。近いようで遠い。〉

平凡社STANDARD BOOKS湯川秀樹『詩と科学』より、冒頭のこの一篇は1946年39歳。

たった3頁弱の短い文章です。けれど深く、この一篇自体が詩のようです。

科学はきびしい先生、詩はやさしいお母さん。詩の世界にはどんな美しい花も、どんなおいしい果物もある。
詩と科学、近いように思われるのは、出発点が同じ、自然を見ること聞くことからはじまっているから。
しかし科学はどんどん進歩して、詩の影も形も見えない。

〈そんなら一度うしなった詩はもはや科学の世界にはもどって来ないのだろうか。〉

詩は、探しても見つかるとは限らない。けれど、ごみごみした実験室の片隅で科学者が発見したり、数式の中に目に見える花よりもずっとずっと美しい自然を見つけるかもしれない。
科学の奥底でふたたび自然の美を見出す。少数のすぐれた学者に見つけられた詩は、多くの人にわけられてゆく。

〈詩と科学とは同じ所から出発したばかりではなく、行きつく先も同じなのではなかろうか。そしてそれが遠くはなれているように思われるのは、途中の道筋だけに目をつけるからではなかろうか。どちらの道でもずっと先の方までたどって行きさえすればだんだん近よって来るのではなかろうか。そればかりではない。二つの道は時々思いがけなく交叉することさえあるのである。〉

湯川と同級生だった朝永振一郎は、湯川は百年先まで見ているといった。
この短い文章の先、遠い遠い先で、詩と科学がふたたび交叉する光景を、いつも想像します。それは光のある光景です。



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# by bookrium | 2018-02-23 19:42 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
雨水初候・土脉潤起(つちのしょううるおう)The Earth Becomes Damp……雪が春の雨に代わり、大地に潤いを与える頃。

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〈ジャン・ジャック・ルソオは『自然に還れ』という。そして私は思う。自然に還れねばならぬ程自然を置去りにして社会に出かけた不幸な人々で如何に隙間もなく文化の世界が埋められていることかと。〉

平凡社STANDARD BOOKS中西悟堂『フクロウと雷』の末尾が「自然没入者の断想」です。1932年、36歳。
中西悟堂は明治28年金沢生まれ。

昆虫、鳥獣、植物の生態の観察は、限りない興味の秘密箱だという著者。神の無限の才能と創造力を見るような精巧さ多様さの万華鏡。〈智的な人々〉は、これらの生物の無尽の興趣に茫然自失することだろう、と。

〈自然の環境に置かれてある限り、人々は常に美と徳との善き調和の中に置かれている。〉

人々が自然を置き去りにし、小鳥や花や昆虫にまかせていることが文化だろうか。都会に鳥の訪れが少なくなったように人々の心に真の文化が少なくなり、古代の民が神聖視した樹木が駆逐されてゆくように人々から自然への敬虔の念が駆逐されつつある。

〈もしも人が自然の中にあって、自然の気質に無関心であるなら、最早そこには生命の調和がなく、人はただ心臓を鼓動させる一個の原始的生物、もしくは一個の物質となるであろう。〉

花や昆虫が人類に与えてくれたなぐさめ。どのような人の歳月にも、戦禍の大地にも、春は巡ってくる。
もう一度自然の中へ帰って、これらの言葉を綴る。
てんとう虫の行動を見ていたり、夏の小川に半身を浸して蜻蛉の産卵を眺めていたり、6月の林の中で巣の卵を抱いている親鳥の姿を見つめている、そんな人々は純真な驚きの心と、庇護の心とをもって、神聖に自然と対している。

〈私が所有したいものも亦、その目と配慮とに外ならない。〉








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# by bookrium | 2018-02-19 21:48 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)

フリーペーパーその後。

フリーペーパーはその後、10何枚か印刷しました。スマホで作り、コンビニ両面コピー。
数人には送ってみました。反応はまずまず。色々聞けてうれしいです。

珠洲・鈴々堂さん、金沢・あうん堂さんには、5.6部お渡ししてみました。
他に置かせてもらうお店の当てはないですが、これは紙に印刷して渡すのがいいかな、と思います。手紙っぽく。

昔から小さい冊子のようなものが作ってみたいな、と思っていました。最初は、小学生の時に大きな紙を8つ折りにして真ん中に切れ目を入れ、ぱたんと冊子に。この形のおもしろさにびっくり。国語の教科書に教室の床下でコオロギが鳴いてる話があったのですが、その話を挿絵ごと冊子に写して一冊にしてました。宿題でもなく(これは何という話だったろう? →追記、今西祐行『太郎こおろぎ』でした)。
それ以降はぼんやり憧れてただけですが(長い)、お洒落なリトルプレスや、熱い冊子とか見ると、すごいな、とか自分にはそれだけのものを持ってないな…と思ってました。
でも、今回思い立ってスマホのpagesのテンプレートを生かして自分で編集して作り、次の日にはコピーしてるという、現代は凄いなあ、と思います。A43つ折りのこのフリーペーパーは、素朴でいいな、と思ってます。また作ってみるつもりです。






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# by BOOKRIUM | 2018-02-17 21:31 | 本のまわりで | Trackback | Comments(0)
立春末候・魚上氷(うおこおりをいずる)Fish Rise From the Ice……氷がぬるみ、割れた氷の上にに魚が飛び跳ねる頃。

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〈われわれは大きい自然の中で生きている。この自然は、隅の隅まで、精巧をきわめた構造になっている。その構造には、何一つ無駄がなくて、またどんな細かいところまでも、実に美しく出来上がっている。〉

平凡社STANDARD BOOKS 中谷宇吉郎『雪を作る話』の巻頭が「自然の恵み」です。1951年、51歳。
恩師の寺田寅彦が書いていた、精巧につくられた造花でも虫眼鏡でのぞいてみると汚らしいが、どんなつまらぬ雑草の一部でも顕微鏡でみると驚くほど美しい、という言葉。

〈そのものの深い奥底くにかくされた造化の秘密には、不思議さと同時に美しさがある。そしてその不思議さと美しさとにおどろく心は、単に科学の芽生えばかりではなく、また人間性の芽生えでもある。〉

水蒸気が〈かく〉にくっついて出来たきわめて小さい氷の結晶。上空で出来た氷晶がゆっくり降ってくる間に、さらに水蒸気が凍りつき、だんだん大きくなって、地表に雪の結晶が降ってくる。
小人の国の勲章のような美しい結晶に、人々は気づかない。

〈自分の眼で一片の雪の結晶を見つめ、自然の持っている美しさと調和とに眼を開くことの方が、ずっと科学的である。〉

顕微鏡を必要としない美しさ、科学への心。雪に限らず、人々の周囲にはあらゆるものが、常に自然の美しさと調和、全体の姿をあけ放している。
科学の普及が〈自然の女神の恵み〉を人間が受け入れる邪魔をしないことを希望する著者。

〈科学の進歩が、原子爆弾を作ることだけに役立つものならば、科学はむしろ進歩しない方がよいかもしれない。〉

原子力は人間の科学史上で勝利の一方、幸福をもたらすのか。
雪の結晶が空から降り積もることについて、親しみやすい案内の文章の中で、戦後6年の文章には原子爆弾の生々しさがあります。

〈しかし科学はたしかに人間の幸福に役立つものであって、その一つに、新しい美を発見する大切な要素があることを忘れてはならないのである。〉









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# by bookrium | 2018-02-14 00:00 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)