〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


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タグ:高野文子 ( 2 ) タグの人気記事

東風解凍(はるかぜこおりをとく)Spring Winds Thaw the Ice……東から吹く風が厚い氷を解かし始める時季。立春を過ぎて最初に吹く強い南風が春一番。


〈自然科学者が書いた随筆を読むと、頭が涼しくなります。科学と文学、科学と芸術を行き来しておもしろがる感性が、そこにあります。〉「STANDARD BOOKS 刊行に際して」平凡社

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〈(前略)何冊かお借りして読んでみたところ、わたしの知っている読書とは違う感じがしました。/小説の読後感とは違うのです。/乾いた涼しい風が吹いてくる読書なのです。〉

高野文子の『ドミトリーともきんす』のあとがきより。このまんがは2014年に中央公論新社から発行されました。

〈科学の本棚〉を前にした、お母さんの〈とも子〉と娘〈きん子〉。
本棚の背表紙を見て〈懐かしい名前だわ。〉と、とも子が言ったのは、〈朝永振一郎〉〈牧野富太郎〉〈中谷宇吉郎〉〈湯川秀樹〉の4人。

とも子は娘きん子に、語ります。
〈ううん。会ったことはないわ。お母さんよりずっと年上だもの。〉
〈10や20ではたりなくて、100に近いくらい上の人なのよ。〉
〈会ってみたかったな。ただ、とっても偉い人達だから、お母さんは、あがっちゃって何も言えないと思うけれど。〉
〈だけどもしもよ。彼らがまだ世に出る前の若者で、これまた不思議なことに、わたしたちのご近所さんだったとしたなら、〉
〈こんにちは、ごきげんいかが?って、声をかけてみたいわ。〉

朝永振一郎は「子どもたちに向けた言葉」として、こんな言葉を残しています。

〈ふしぎだと思うこと これが科学の芽です
よく観察してたしかめ そして考えること これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける これが科学の花です〉

科学者がいかに科学の花を咲かせたか、彼らの視線のゆくえ、残した言葉を辿り、いま読み直すこと。
その手掛かり、案内人のような1冊です。

とも子ときん子がまかなう小さな山小屋のような下宿、ドミトリーともきんす。その2階には科学の勉強をする学生が住んでいます。トモナガ君、マキノ君、ナカヤ君、ユカワ君。
トモナガ君は鏡と物理学について考えたり、マキノ君は梅を描き、ナカヤ君は中庭で雪の観察をします。

〈さて、きん子さん。雪は 天からの手紙だということを 知っていましたか?〉
〈いいえ、知りませんでした。お手紙、読んでよんで。〉
〈ちょうど一通届きました。これを読んでみましょう。〉

ユカワ君はきん子とお豆のスナックを食べ、数について考えます。ポリポリたべるふたりの絵が可愛くて大好きです。
ユカワ君はこんな言葉も言っています。

〈科学とは/いっぺん遠いところへ行くことなのです。/遠いところへ行ってみると、ようわかることがありまして。〉

とも子はユカワ君に尋ねます。
〈科学が進めば、いつかケガや病気を恐れずにすむ日がくるでしょうか。〉
〈ともきんすに住むみなさんが、たくさんの計算をつめば 将来におこる物事を前もって知ることが、できるのではありませんか?〉

ユカワ君はとも子は「可能の世界」に住んでいると話します。
実現を待っている無数の事実から、どれが選ばれるか決定する「法則」はいまのところ見つかっていない。
どんなにたずねても「確率」としか言えないことで、とも子は不運のあきらめもつきます。

〈ひるがえせば、希望があると考えても、さしつかえないわけだもの。〉

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このブログの新しいカテゴリ「涼風本朝七十二候」は、1年かけて、季節を感じながら、〈涼しい風〉が吹いている本を読んでみようと思います。
いまは私は小説を積極的に読めないけれど、涼しい本なら、手に取れる気がします。

〈境界を越えてどこでも行き来するには、自由でやわらかい、風とおしのよいこころと「教養」が必要です。その基盤となるもの、それが「知のスタンダード」です。手探りで進むよりも、地図を手にしたり、導き手がいたりすることで、私たちは確信をもって一歩を踏み出すことができます。〉「STANDARD BOOKS 刊行に際して」平凡社

「科学の本棚」の前で、とも子は語りかけます。

〈「ドミトリーともきんす」はまもなく閉館ですが、ご安心ください。棚にはまだ、たくさんの本が並んでいます。〉



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by bookrium | 2017-02-06 00:16 | 涼風本朝七十二候 | Trackback | Comments(0)
寒露(かんろ)……寒さで、草の露が冷たく感じるようになります。


〈一夏過ぐその変遷の風かみにするどくジャック・チボーたらむと〉
小池光

この句を知ったのは、久世光彦さんの『人恋しくて 余白の多い住所録』で、高校生の時だった。

〈何千枚の大作よりも、ある日出会った三十一文字の方が重いことがある。その日から、一生体にまとわりついて離れないことだってある。あるいは、たったそれだけのフレーズによって、人は一日を生きる。〉


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『黄色い本』は講談社から2002年に出た高野文子の漫画。
物語のはじまりで、高校3年生の田家実地子は雨のバスの中で本を読みふけり、バス酔いする。彼女の読んでいたのは、「LES THIBAULT」と表紙に書かれた〈黄色い本〉――『チボー家の人々』の1巻だった。
実地子は両親と弟、そして父親が入院中の幼い従妹と一緒に、ある雪深い地方の町に暮らしている。
図書室から借りたロジェ・マルタン・デュ・ガール『チボー家の人々』は5巻まであって、実地子は、家でも、学校でも、家事を手伝っている時でも、ジャック・チボーという同い年の家出をした少年の物語が離れない。皆が寝ている夏の夜に読んだ、ジャックが級友と交わす1冊の秘密の灰色のノート。そこに書かれていた言葉。電気を消した真っ暗な部屋で、実地子は天井に両手を伸ばし、眼を覆った。暗闇の中で眼を開いた実地子に、その言葉がよみがえる。

《命をかけてきみのものなる――― J(ジャック)》


深夜にやっていた外国映画の俳優とジャックのイメージが実地子の中で重なり、第一次世界大戦前後のフランスに身を置く彼と、友達になれそうなくらい考え方が似ていると感じる。――《ほめられたらいかれ/よろこんだらはじろ》それは父親にほめられておどけた時にも浮かぶ。そんな実地子に父親は、〈おめが将来どこに勤めることになるだか 俺(おら)はわからねども/おめでねば編めねえようなセーターを編む人に/なればいいがなぁと/俺は/思うんだ〉と言った。〈創造性のある?〉と実地子が真剣な顔をすると、父親は〈おう〉と笑う。それを見た実地子は〈そうだね〉とやさしくほほえむ。このくだりが好き。

家族を大切にする父親を見ながら、〈自分の好きな人を/大切にすることは/それ以外の人には/冷たくすることに/なるんで/ねえの/ねえ/トーチャン〉と心の中で問いかけながら、部屋の電気を点ける。不意に、テーブルに人形を寝かせたちいさな従妹が、〈実ッコちゃん〉と呼びかける。〈電気つけると/暗いねえ〉〈ええ?/明れえよう 電気は〉〈電気つけると夜んなったねえ〉〈ああ/夜んなったねえ/外は〉

実地子は生活の中で、常に対話しながら、考えながら本を読む。《自分の 行動と 思想 それは つねに共でなくてはならないんだ!》バスでおばあさんに席を譲った時も。しかしそれが幸福なのか?と考えた時、風邪をひくと母親に本を取り上げられる。
冬になり、勉強にも身が入らない状態だった実地子も、学校で職場の説明を受ける。
図書室に本を返却する前に、第5巻の残ったエピローグを読みながら、実地子は物語をなつかしく思い出し、ジャックに呼びかける。
〈家出をしたあなたがマルセイユの街を 泣きそうになりながら歩いていたとき/わたしが その すぐ後を 歩いていたのを 知っていましたか?〉
〈いつも いっしよでした/たいがいは 夜/読んでいない ときでさえ/だけど まもなく/お別れしなくては なりません〉

外の雨と、実地子の頬の涙が重なった時、『チボー家』の世界の人々が問いかける。

 ――極東の人/どちらへ?
〈仕事に…/仕事につかなくてはなりません〉
 ――それはそれは
 ――なるほど
〈衣服に関する/仕事をします/……たぶん/服の下に 着る物を 作ります/これからの 新しい 活動的な〉
 ――ふむ それは重要だ
 ――たしかに
〈革命とは やや離れますが/気持ちは持ち続けます〉
 ――成功を いのるぜ
 ――若いの!



春が近づき、その本買うか?と父に聞かれても、実地子はいいよう、と断る。〈好きな本を/一生持ってるのも いいもんだと/俺は/思うがな〉と笑う父。実地子の眼に、黄色い本の奥付が映る。チボー家の人々(全五巻)第五巻。訳者 山内義雄。一九六六年五月十日三八版発行。白水社。


図書室に本を返し、実地子はジャックと別れの日を迎える。自分で本棚に収めた5冊の黄色い本が並び、ジャックは実地子に呼びかける。

 ――パリでぼくを尋ねるならば
   ユニベルシテ町に兄がいる
   留守の場合は メーゾン・ラフィットへ
   ことづけてくれれば連絡が
 ――知っているわ リラの花の咲いている家でしょう
 ――良く 知っているね 
 ――ええ
 ――いつでも来てくれたまえ
   メーゾン・ラフィットへ




『黄色い本』が多くの人々に読まれ、高い評価を受けたのは、大人になる前の実地子とジャック・チボーの物語が、多くの人の読書体験に重なったからだろう。ちがう時代や性別や本だとしても、実地子のように現実の生活の中で、対話し、考え続けながら読む。そして、いずれは自分で生活していかなければならない。ジャックはいつでも待っていて、実地子はいつでもメーゾン・ラフィットへ行ける。図書室の本が手元になくても。
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高野文子は、少年少女向けの、2003年発行の白水社『チボー家のジャック』新装版の装丁をてがけた。黄色い本の函にかかった茶色い帯には、このような言葉が書かれている。

《ジャック・チボーとは学校の図書室で出会った。その日から、彼は私の大切な友達になった。》

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           《――いつでも来てくれたまえ
              メーゾン・ラフィットへ》




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by bookrium | 2009-10-08 02:07 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)