〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


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〈(あなた、さぞお疲労(つかれ)、すぐにお休ませ申しましょうか。)
 (ありがとう存じます、まだちっとも眠くはござりません。先刻(さっき)体を洗いましたので草臥
 (くたびれ)もすっかり復(なお)りました。)
 (あの流れはどんな病にでもよく利きます、私が苦労をいたしまして骨と皮ばかりに体が朽(か)れましても、半日あすこにつかっておりますと、みずみずしくなるのでございますよ。もっともあのこれから冬になりまして山がまるで氷ってしまい、川も崖も残らず雪になりましても、あなたが行水をあそばしたあすこばかりは水が隠れません、そうしていきりが立ちます。
 鉄砲疵(きず)のございます猿だの、あなた、足を折った五位鷺(ごいさぎ)、いろいろなものが浴
(ゆあ)みに参りますからその足跡で崖の路が出来ますくらい、きっとそれが利いたのでございましょう。)〉
泉鏡花『高野聖』


手元のは高校生の時に買った、角川文庫クラシックスの。彼岸花と青い山のカバーが好きです。
写真はアオサギだと思います。
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by bookrium | 2010-10-03 22:32 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)
春分(しゅんぶん)……昼と夜の長さがほぼ同じになる頃。この日から後は昼の時間が長くなって行く。花冷えや寒の戻りがあるので、暖かいと言っても油断は禁物。彼岸の中日。


〈十一月、「春昼」新小説に出づ。うたゝねに恋しき人を見てしより夢てふものは頼みそめてき。(中略)「春昼後刻」を草せり。蝶か、夢か、殆ど恍惚の間にあり。〉
(自筆年譜)
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栞にしている観覧券は、泉鏡花記念館にはじめて入った時のもの。裏には〈2000年.9月.6日(水)〉と書いてあった。
『春昼』は明治39年11月、『春昼後刻』は同年12月に発表。鏡花33歳。
前年に祖母を失い、鏡花は静養のために妻すゞを伴って、東京から逗子へ転居した。静養は明治42年2月まで及んだ。
『春昼』は高校生の時読んだ。同じ逗子の頃の『草迷宮』も好き(久世光彦さんが5歳位から読んでた話を書いてた)。


おだやかな春の昼下がり、散策の途中、書生の青年は山寺の丸柱に貼られていた歌に目を留める。懐紙に優しく美しく書かれた女文字。出会った気さくな和尚から、その和歌にまつわる不可思議な男女の物語を聞く。

〈しかし、人には霊魂がある、偶像にはそれがない、と言うかも知れん。その、貴下(あなた)、その貴下、霊魂が何だか分らないから、迷いもする、悟りもする、危みもする、安心もする、拝みもする、信心もするんですもの。
  (中略)
偶像は要らないと言う人に、そんなら、恋人は唯だ慕う、愛する、こがるるだけで、一緒にならんでも可いのか、姿を見んでも可いのか。姿を見たばかりで、口を利かずとも、口を利いたばかりで、手に縋らずとも、手に縋っただけで、寝ないでも、可いのか、と聞いて御覧なさい。
 せめて夢にでも、その人に逢いたいのが実情です。〉


そう言う和尚の言葉を聞いた男は、柱にあった歌を思い出す。
小野小町の古歌を書いたのは、玉脇みをという美しい婦人だという。その恋歌のために、一人殺した。

〈恋で死ぬ、本望です。この太平の世に生れて、戦場で討死をする機会がなけりゃ、おなじ畳で死ぬものを、憧(こが)れじにが洒落ています。〉

詳しく話を聞くと、この久能谷に住むという玉脇夫人、その家には以前、ある客人の男が住んでいたという。客人は和尚に自分の恋心を語っていた。

〈唯すれ違いざまに見たんですが、目鼻立ちのはっきりした、色の白いことと、唇の紅(あか)さったらありませんでした。
  (中略)
 真直に前に出たのと、顔を見合わせて、両方へ避ける時、濃い睫毛から瞳を涼しく?(みひら)いたのが、雪舟の筆を、紫式部の硯に染めて、濃淡のぼかしをしたようだった。
 何とも言えない、美しさでした。〉


恋心を募らせた客人は、山路から囃の音に誘われて靄に包まれ、大きな横穴のある行き止まりに出る。ふと、拍子木がカチカチ鳴る。

〈で、幕を開けたからにはそれが舞台で。〉


ぼんやり一人で窪みを見ていると、暗い穴が30、50と。その中にずらりと並んだ女、女、女。座ったの立ったの片膝立てたの、緋の長襦袢、血を流したの、縛られたの。遠くの方は、ただ顔ばかり。仕切りの中からふらり、一人の婦人が音も無く現れて、舞台へ上がった。じっと客人の方を見る。その美しさ。――〈正しく玉脇の御新姐で。〉

客人が見たのは玉脇みをだけではなかった。
拍子木が鳴り、自分の背後から、ずッ、と黒い影がみをに寄り添う。こちらを向いた影の顔は、自分だった。影の自分は玉脇みをの寝衣の上を指の先でなぞる……△、□、◯と。
それを見た客人が夢中で逃げた翌日、玉脇みをは参詣し、あの歌を貼付けた。

   〈うたゝ寝に恋しき人を見てしより
         夢てふものは頼みそめてき
                ――玉脇みを――〉


客人の死骸は海で見つかった。(『春昼』)


和尚から話を聞いた男は庵を辞し、話を思い返しながら帰路につく。
ふと、行きがけに出会った、畑仕事をしていた親仁と再会する。寺に行く前、ある家を伺っていた蛇を忠告したのだ。親仁が蛇を片付けた後、家の主が忠告してくれた男に礼を言いたいという。
土手の上で紫の傘をさして休む、霞の端を肌に纏ったような美しい人。
玉脇みをだった。
彼女は「恋しい懐かしい方」に似たお方、と男のことを言う。

〈「そういうお心持ちでうたた寝でもしましたら、どんな夢を見るでしょうな。」
 「やっぱり、貴下のお姿を見ますわ。」
 「ええ、」
 「此処にこうやっておりますような。ほほほほ。」〉

〈「貴下、真個(ほんとう)に未来というものはありますものでございましょうか知ら。」
 「…………」
 「もしあるものと極りますなら、地獄でも極楽でも構いません。逢いたい人が其処にいるんなら。さっさと其処に行けば宜しいんですけれども、」〉


みをが持っていた手帳に、歌か絵が出来たのかと男は見せてもらう。
一目見て男は蒼くなった。
鉛筆で幾度も書かれていたのは、◯、□、△……。

太鼓の音が聞こえ、ふたりの前に獅子頭を乗せた角兵衛の子供たちが現れる。上は13・4、下は8つばかり。みをは子供たちを呼び止め、言づてを頼む。

    〈君とまたみるめおひせば四方の海の
           水の底をもかつき見てまし〉


手帳の端に書いた受け取る人のない歌。唯持って行ってくれればいい、とみをは子供たちに言う。上の子は幼い方の獅子頭の口を開いて、その中に納めた。

〈水の底を捜したら、渠(かれ)がためにこがれ死にをしたと言う、久能谷の庵室の客も、其処に健在であろうも知れぬ。〉


男はこの後、手紙の行方を知る。

〈玉脇の妻は霊魂の行方が分かったのであろう。〉
(『春昼後刻』)

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気になったところ覚え書き…
・観世音菩薩(桜心中でもでた)
・獅子頭の中に供える(天守物語でも)
・客人と、みをの△?◯の順番が違うのは意味がある?
・△?◯は墓石?
・囃、舞台の拍子木と、角兵衛獅子の太鼓。
・和尚が語るスタイル(高野聖のような入れ子)
・夢うつつの舞台(泉鏡花記念館で再現)より、みをのノートが怖い。


 
春昼(しゅんちゅう);春昼後刻(しゅんちゅうごこく) (岩波文庫)
泉 鏡花
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by bookrium | 2010-03-21 16:30 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

泉鏡花『化鳥』

〈愉快(おもしろ)いな、愉快いな、お天気が悪くって外へ遊べなくっても可いや、笠を着て、蓑を着て、雨のなかをびしょびしょ濡れながら、橋の上を渡って行(ゆ)くのは猪だ。〉
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明治30年発表、鏡花23歳の時の作品。鏡花の初めての口語体小説として知られています。
鏡花で二番目に読んだ作品。中学生の時に「高野聖」を読んで、高校生の時に借りた『石川近代文学全集』で「化鳥」を読みました。今回のは『泉鏡花記念文庫』。鏡花たくさん読んでないけど、「化鳥」はつるっと読みやすいと思う。
写真は浅野川に架かる中の橋そばの石碑。

橋を渡る通行人の銭で暮らす、貧しい母子。幼い〈廉〉の語り(まるで鏡花が亡母に甘えているような)。番小屋の窓から顔を出して、場末の者、綺麗な着物を着た女、金満家の隠居など、いろんな人間が通るのを眺める。

〈「なぜだって、何なの、この間ねえ、先生が修身のお談話をしてね、人は何だから、世の中に一番えらいものだって、そういったの。母様(おっかさん)、違ってるわねぇ。」〉


まだちいさい耳だから、犬猫や鳥の沢山いろんな声が入らないのだと、母様に教えてもらったように先生に言うと、先生は嫌な顔をする。〈けれども木だの、草だのよりも、人間が立ち優った、立派なものであるということは、いかな、あなたにでも分かりましょう、〉そう言う先生の言葉に〈私〉は納得出来ず、こう言う。

〈「だって、先生、先生より花の方がうつくしゅうございます」〉


母様は莞爾(にっこり)笑って、〈「じゃあその菊を見ようと思って学校へおいで。花はね、ものをいわないから耳に聞えないでも、そのかわり眼にはうつくしいよ。」〉と言う。
〈人に踏まれたり、蹴られたり、後足で砂をかけられたり、苛められて責まれて、煮湯を飲ませられて、砂を浴せられて、鞭うたれて、朝から晩まで泣通しで、咽喉がかれて、血を吐いて、消えてしまいそうになってる処を、人に高見で見物されて、おもしろがられて、笑われて、慰みにされて、嬉しがられて、眼が血走って、髪が動いて、唇が破れた処で、口惜(くや)しい、口惜しい、口惜しい、口惜しい、畜生め、獣めと始終そう思って、五年も八年も経たなければ、ほんとうに分かることではない、覚えられることではないんだそうで、〉
何故あって凋落したかは分からない廉の両親。父は亡くなり、苦労する母。その母が教えてくれることを、小さいながら、いつも手をついて聞いた。

〈母様はうそをおっしゃらない。〉


半年ほど前、川につながれた猿をからかっていて、はずみで廉は川に落ちた。水の中で溺れそうになり、もがいていると、真赤な光線がさして、身体が包まれる。夢ではない。〈一体助けてくれたのは誰ですッて、母様に問うた。〉

〈(廉や、それはね、大きな五色の翼(はね)があって天上に遊んでいるうつくしい姉さんだよ。)〉


波津彬子さんの漫画『幻想綺帖』では、泉鏡花原作の「雪訪い」「化鳥」が描かれています(「桜心中」も漫画で見てみたい)。
五色の翼のある姉さんは、ずっと天女のようなイメージを持っていましたが、ここでは西洋のイメージ。美しい絵で、なんだか新鮮でした。

〈母様はああおっしゃるけれど、わざとあの猿にぶつかって、また川へ落ちてみようかしら。そうすりゃまた引上げて下さるだろう。見たいな! 羽の生えたうつくしい姉さん。だけれども、まあ、可い。母様がいらっしゃるから。母様がいらっしゃったから。〉



化鳥・三尺角 他六篇 (岩波文庫)
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by bookrium | 2009-12-06 14:48 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)

白露――『天守物語』

白露(はくろ)……秋の気配が感じられる頃。大気も冷えてきて、朝夕に露が見えはじめます。秋草が揺れ、虫の音も聞こえます。


〈――そうおっしゃる、お顔が見たい、唯一目。……千歳百歳(ちとせももとせ)に唯一度、たった一度の恋だのに。〉


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播州姫路〈白鷺城〉の天守に、魔物が棲むという。
物語の始まりで、天守夫人〈富姫〉の侍女たちは唄いつつ、五重の天守から秋草を釣る。白露を餌にして。
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〈千草八千草秋草が、それはそれは、今頃、露を沢山(たんと)欲しがるのでございますよ。刻限も七つ時、まだ夕露も夜露もないのでございますもの。〉

侍女の〈葛〉は奥女中の〈薄〉にそう言う。
富姫の妹分、猪苗代の〈亀姫〉が手鞠をつきに遊びに来るので仕度をしていたところ。富姫から見れば長屋の主人、姫路の城主、播磨守が鷹狩に出たので、霧を渡って輿で訪れる亀姫に不作法があってはと、富姫は〈夜叉ケ池〉の主〈白雪姫〉に嵐を頼んでいた。
〈朱の盤〉〈舌長姥〉らを伴って、亀姫は天守に到着する。富姫への土産は、播磨守と兄弟の、亀姫の棲む亀ケ城の城主の首。富姫はそれを獅子頭に供え、獅子は首を呑み込んだ。
亀姫への礼にと、富姫は白い雪のような翼を持つ鷹を播磨守から奪い、地上からの矢や鉄砲を虫のように払う。
亀姫が去ってしばらくすると、ひとりの男が天守に上って来た。武士の名前は〈姫川図書之助〉。

〈百年以来、二重三重までは格別、当お天守五重までは、生あるものの参った例(ためし)はありませぬ。〉


そう言う図書之助は播磨守の命で、天守に隠れた秘蔵の鷹を探しに来た。

〈翼あるものは、人間ほど不自由ではない。千里、五百里、勝手な処へ飛ぶ、とお言いなさるが可い。〉


富姫の言葉に従う図書。生ある人ではない姿を見、どうするつもりか姫が訊くと、この天守が貴方のものでも殿のものでも、〈いずれにいたせ、私のものでないことは確でございます。自分のものでないものを、殿様の仰せも待たずに、どうしようとも思いませぬ。〉と〈すずしい言葉〉で図書は言う。その心のために、図書は姫に許される。もう来てはならぬと、〈此処は人間の来る処ではないのだから〉と言われて。……

天守から降りる途中で蝙蝠に燈を消され、図書は再び富姫の元を訪れてしまう。暗闇で男が足を踏み外し怪我をするより、姫に生命を召される方を選んだのだ。その勇ましさに姫は惹かれる。
図書は切腹を命じられていた。鷹匠の彼が播磨守の白鷹を天守に逸らした罪だという。その鷹は姫が取ったのだと聞き、図書は思わず刀に手を掛ける。

〈鷹には鷹の世界がある。露霜の清い林、朝嵐夕風の爽かな空があります。決して人間の持ちものではありません。〉


美しく気高い姫君に、自分の身、心、生命を捧げられても、図書は地上にまだ親や師の未練があった。
清い心を持つ図書に、富姫は天守に上った記しの品と家宝の青竜の兜を渡す。〈今度来ると帰しません。〉と告げて。
かねてからの望みに叶った男を、自分の力で無理に引き留めることも本当はできた。でも、力で人を強いるのは播磨守のような者のすること。

〈真の恋は、心と心、……〉


そう呟く姫の元に、兜を盗んだ逆賊と知らぬ罪に追われた図書が逃げ込んで……。

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泉鏡花の戯曲『天守物語』は高校生の時に読んだり(そのころ映画になった)、写真の波津彬子さんの漫画で読んだりしました。この文庫の漫画は、9年位前に、泉鏡花記念館に初めて行った時にショップで購入。『天守物語』の他にも戯曲『夜叉ケ池』『海神別荘』と、巻末では泉鏡花記念館を訪ねる漫画も載っています。解説は人形師の辻村寿三郎。
『夜叉ケ池』では、池の主〈白雪姫〉が白山の〈千蛇ケ池〉の若君に恋わずらいをするのですが、千蛇ケ池は中学1年生の時、学校の白山登山のついでに希望者だけで見に行きました(当時は千蛇ケ池の昔話を知ってたので見たかった)。鏡花も登っただろか?

『天守物語』は富姫と図書の恋だけではなく、姫の過去や獅子頭の伝説、姫の百姓への思いやりと私欲のない鳥の自由さが印象深いです。

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by bookrium | 2009-09-07 14:58 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

追記…泉鏡花『櫻心中』

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きのう書いた〈当世本二十四節気〉の『櫻心中』で気になることを少し。

『櫻心中(桜心中)』を調べて紹介される物語は、読んでみて違うのじゃないか? 自分の読みが違うのか? と気になりました。
よく紹介される話は、寺町の松月寺の大桜がモデルの《江月寺の君桜》が、伐られる悲しみから夫と慕う兼六園の旭桜がモデルの《富士見桜》へ、人間の女性の姿となって別れを告げに行く……というもの。花の精が兼六園の桜に暇乞いに行き、書生に声をかけられる話、と紹介されているのを見ました。
読んでみて、花の精ではないと思う。

《富士見桜》に会いに行ったのは〈松村雪〉という美しい女性。死にに行く人に思えて、夜の兼六園で彼女に声をかけた書生の〈宮田七穂〉。
話を聞くのに心を落ち着けようと七穂が煙草に火をつけた時の、雪の描写が美しいと思った。

〈彼は故(わざ)と見ないやうに、傍目も触らないで火を、目と鼻の間で點(てん)じた、それでも、同一(おなじ)うしろ姿を、はじめよりは鮮麗(あざやか)に、くつきりと白い襟と、圓髷の艶を見た。齋(ひと)しく色に立つたは、黒縮緬の羽織の紋で、それは梅鉢の裏であつた。
 で、婦人の衣(きぬ)が、するすると柔かに冷たく近づいて、我が袖に、手尖の、そつと触れた時、七穂は、過去(すぎさ)つた雪を捜つて、こゝに櫻咲く朧夜の底をヒヤヒヤと何處へか沈んで、春を後戻りしつつ、梅の花に手が届いたやうな心地がした。
 衣の薫も気勢(けはひ)の香もそれであつた。〉


自らを《江月寺の大桜》と名のる雪。話を聞けば、彼女は16歳で結婚し、杯を交わした3日目に主人を亡くしてしまったのだという。未亡人として世間から離れ、東京上野の奥で7年墓に居るように暮らしていた。
金沢は急逝した夫の故郷だった。故郷の土には夫の眺めたのと同じ草の芽ぐむ姿もあろうかと、そっと来沢して3年になる(雪の歳は数えで26か。七穂もそんなに変わらないと思う)。
江月寺は、死んだ夫の古い邸、俗に寺町御殿と呼ばれる子爵松村家の舘のそばにある。雪はとある伯爵の妾腹で、世にきこえた美しい姫だった。
古御所のような奥に隠れてひっそりと暮らしながら、忍びづくりの二階から、江月寺の大きな《君櫻》の咲くのを、それでも楽しみに眺めて過ごしていた。
その《君櫻》が軍隊に伐られてしまうと聞き、あまりにはかなく、なごり惜しく思い、《君櫻》がこがれていると云われのある、夫と思う《富士見櫻》に、桜の代わりに成ったつもりで、別れを告げに来たのだ。

〈「ねえ……三日添つて亡く成る時、私は、なごりを惜しみました。
  が、私が伐られて枯れると云うのに、花は口を利かないのですもの、もの足りない、たよりが無い、思出して我慢が出来ない。」〉


《君櫻》と自分を重ね合わせて会いに来ても、《富士見櫻》は夫は何も答えない。夜桜の下にひとりで佇み、そのまま消えていくような気になり、露がこぼれるように涙を流す。鬼でも魔でもいいからものを言って欲しいと思った時、声をかけてきたのが七穂だった。一生のお願いだと、桜の代わりの言葉を求め、話を聞いた彼が発した言葉が、

〈「一所に死にます、……然ういふより他は断じて知らない。」〉


それを聞いて雪はぱたりと土に膝をつく。美しい魅物(つきもの)の落ちたように。
今夜の記念(かたみ)にしようと内緒で切った《富士見櫻》の小枝。桜の代わりの七穂に許しを乞い、夫に聞いて、髪に挿したいと雪は言う。七穂の許しを得て、雪は生まれてはじめての嬉しい心の記しに、彼が暗闇の中マッチを擦った一瞬に、自らの小指を切り落とす。雪の突然の行動に慌てる七穂。血汐をほとばしらせても、七穂に思いを話す雪の姿は凛としている。

〈「縁があつて添つた人にも、三日で分かれた覚えがあります。苦みは三年五年、悲しみは七年、九年、嬉しいのは瞬く間、其の瞬く間の心のまゝに、思つたことをしないぢや、死ねば又地獄ぢやありませんか。
  はしたない、娼妓、女郎のするやうな事をいたしました。ですけれど、唯一息に、心のまゝ、思ふ通りにすることは、女の身は、もしか、それが女なら、天女と云つてもおなじです。人妻もおなじです。……
  私は、貴方が、なりかはつてお許し下すつた、一枝の、花のかはりに切りました。が、汚らはしいもの、貴方はお受取り下さいますまい、……貴方には差上げません。おなじ櫻の花片(はなびら)も流れ傳(つた)つて、白糸の瀧に沈みませう。私は水に流します。」〉


雪はそう言って、切った小指を流れに棄てた。


……この後、ふたりの前に颯爽と現れる青年士官や、悪役の盲人も、鏡花らしい展開です。
物語の冒頭で雪は盲人から籠の鶯を空へ逃してやるのですが、鶯は世間から隠れて生きてきた雪自身のようでした。
雪の着物に入った梅鉢紋や、江月寺そばの松村子爵邸からわかるように、モデルは前田家なのでしょう。ひっそりと世に隠れて暮らす雪と、大きな《君櫻》が馬の邪魔で伐る軍隊は、旧い体制と新しい国家でもあります。凛として《君櫻》と共に国の為に伐られようと覚悟する雪。滅びる者の美しさ。

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そんなに長い物語ではないのに、雪の過去、七穂が過去に自殺を止められなかった女工、義経主従に《君櫻》と《判官櫻》……と細かなエピソードが心に残ります。七穂が雪に話しかけた時に、兼六公園の夜の森でも、この栄螺山は唯一ヶ所の鬼門だと言うのも印象に残りました。《富士見櫻》と町を隔て、川を隔て、向かい合って立つ、幹が五株に分かれた大きな松。そこに棲む魔の神が、時々栄螺山に遊びに来るという。その松のある山の奥には、七穂の死んだ両親が眠っている……。
この松はたしか実在した気がします。どこか忘れたけれど。

鏡花の作品は『高野聖』や『天守物語』など数えるほどしか読んだことがないのですが、エピソードとイメージが水紋のようにいくつも重なっていておもしろいと思います。

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by bookrium | 2009-04-06 22:23 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)

清明――『櫻心中』

清明(せいめい)……すがすがしくて明るい。草木が芽ぶき、万物清く陽気になる時期。
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〈「あゝ、嬉しい。此で思ひが届きました。堪忍して下さいまし、私は人間ではないのですよ。」
 「あ、貴女は?」
 「お化けではありません。」
 「貴女は?」
 「幽霊ではありません。」
 「貴女は?」
 「ですが、人間ではありません、其の御婦人ではありません。」
 「貴女は?」
 「非情のものです、草木です、木の幻です、枝の影です、花と云ふのは、恥しい、朧をたよりの色に出て、月に霞んだ桜ですよ。」〉


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写真は1987年第3刷の岩波書店『鏡花全集 巻十六』。香の表紙や見返しの紫陽花が目にあざやかな本。
「櫻心中(桜心中)」は大正4年(1915年)に発表された、泉鏡花が42歳の時の作品です。多分文庫に入ってないと思います。兼六園の旭桜と寺町の松月寺の大桜をモデルにした話だとは聞いていたけれど、読んだ人の話が見つけられなかった。断片の情報から思っていた話とは少し異なったけれど、おもしろかったです。

鏡花の小説に出る若者は、女も男も、凛として清々しく美しい人たちです。主人公たちの名前も、いつも涼やかで。


物語は兼六園の茶店《面影亭》からはじまる。主である元女形の太夫から、盲人の旦那〈下川忠雄〉が美しい声の鶯を三十両で買って黒焼の薬にしようと話し合っていたところ。離れ座敷の女客が朱塗の籠から鶯を逃してやる。激昂する太夫や下川の前で、女は逃げも隠れもせず〈松村雪〉と名のる。

夜の兼六園、東京の学校を出て翻訳をしている青年〈宮田七穂〉は、《富士見桜》の元から彷徨う女に声をかけた。

〈「あゝ、貴女、何處かへ行つてお了(しま)ひなさりやしませんか。」
  と却て一歩(ひとあし)引いて言ふ。
  花が揺るゝやうな幽な気勢は、暗きに息する女の胸、それが、水よりも高く響く。
 「否(いいえ)、こゝに。」〉


七穂が声をかけた女は雪だった。彼女が自殺しそうに見えて呼び留めた七穂には、十年前に全く同じ場所で見かけた女性の自殺を止められなかった過去がある。女性は手巾工場の刺繍の女工だったが、ふと、下絵になかった観世水を縫い、盲人の工場主人から追い出されて塞ぎ込み、観音様へお参りすると家を出て、公園から百間堀に身を投げてしまった…。

〈「年月を経ても忘れません。
  其の人が、花やかに成つて、同じ處を、同じ姿で、今夜、公園の櫻の中を又歩行くやうに見えました。
  御容赦を願はなければ成りません、其が貴女です。女神とも、天人とも、人を離れた御様子が、其の時の口惜しさにつけても、何しても、死にに行く、覚悟したお姿としか見えなかつたのです。思切つてお呼留め申したのです。」〉


たしかに自分は死にに行く気だと話す雪。だが、彼女は自殺をするのではなく、人に殺されるのだという。

〈「たよりのない、遣瀬のない、果敢ない私を、死骸だと思つて抱いて下さい、死骸はたとひ、身體はたとひお可厭でも、魂だと思つて、堪忍して、一度貴方、抱きしめて下さい、それなり、消えるやうに、なくなりますやうに、……」〉


この後が冒頭の引用部分。
雪は自分を、犀川を隔て兼六公園と向かいあった寺町の《江月寺の櫻》だと言う。義経主従が憩いをとった記念に《君櫻》と呼ばれ、恋しい男に両手を枝を伸ばしている。…その相手が、《判官櫻》とも言われるこの公園の《富士見櫻》。

〈「千年か、萬年か、命は男に捧げても、記念(かたみ)も名も残つて居たのに、其の木が、伐られて死ぬんです、滅びて了ふ、枯れるんです。……
  斧で打ち、鋸でひき、劍で裂くのは軍隊です。(中略)
  槍は北斗の星をも貫き、旗は雲井に翻るべきものなのです。鬣の乱れるのは、崩るゝ女の黒髪よりも大切です。
  切られなければ成りません。枯れなければ成らんのでせう。(中略)
  私は今夜、夫と思ふ富士見櫻に、別を告げに、暇乞いに、なごりを惜みに来たのです。
  君櫻は朧の中を、花の精が抜け出して、」〉


寂しく笑う雪にはまだ悲しい本当の姿があった。君桜の代わりに雪はものを言う。花の中に立つ七穂に、富士見桜の代わりになって君桜へ、死んだ美しい女工に言うと思って、花の心に添った言葉を求める。七穂は雪にこう言う。

〈「櫻の貴女、私も男だ、一所に死なう。」〉


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この後の雪の行動、幕引きまで、兼六園の暗闇の桜の下での物語。鏡花の文章は涼やかに、雪のうなじの白さや香りを描いています。波津彬子先生の漫画で読みたいです。
死んだ女工が印象深く描かれているのは、鏡花自身が21歳の時にお堀に身を投げようと考えたせいかもしれません。
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寺町の大桜はあの寺のかなと浮かぶ木があります。写真の兼六園の旭桜は雁行橋の近く。この桜は鏡花の頃の桜の2代目です。この他にも、兼六園を舞台に鏡花は色んな小説を書いています。
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by bookrium | 2009-04-05 23:32 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

泉鏡花と獅子頭

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道にふとある獅子頭。夜なので幻想的です。鏡花の『天守物語』のラストに出てくる獅子頭を思い出します。

金沢や石川のところどころに鏡花の作品の面影があって、それをふっと感じるのはしあわせなひとときです。
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by bookrium | 2006-10-18 22:43 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)