〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


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タグ:村上春樹 ( 5 ) タグの人気記事

〈「才能のことはよくわからない。でも私の作品はけっこうここでよく売れているの。たいしたお金になるわけではないけれど、自分の作ったものが、ほかの人たちに何らかのかたちで必要とされているというのは、なかなか素敵なことよ」〉


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自分の作ったカップ。人の手に渡ったもの。
36歳までに読んだ方がいいと薦められた、村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。
作品の中に出てくる、〈クロ〉こと、エリは〈「私はできればものを書く仕事に就きたいと思っていた。昔から文章を書くのが好きだったから。小説か詩か、そんなものを書いてみたかった。」〉と36歳の同級生、主人公つくるに語ります。

〈「さようなら小説、こんにちは陶芸。」〉とエリは言いました。

この言葉が、何度も何度も、自分の中で繰り返しています。

読み終わってから、作中にたびたび出る、ラザール・ベルマンの演奏するリストの『巡礼の年』も、繰り返し聞いています。

〈今の自分に差し出せるだけのものを、それがなんであれ、そっくり差し出そう。深い森に迷い込んで、悪いこびとたちにつかまらないうちに。〉

この文章も忘れ難いです。

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読み終わった日に見た夕陽。



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by bookrium | 2017-01-01 11:29 | 好きな本 | Trackback | Comments(0)
処暑(しょしょ)……処暑は暑さが止むと言う意味。朝夕に冷気が加わって暑さがやわらぎ、涼しさを感じはじめます。

《In my younger and more vulnerable years my father gave me some advice that I've been turning over in my mind ever since.
 ‘Whenever you feel like criticizing anyone,’he told me,‘just remember that all the people in this world haven't had the advantages that you've had’》

〈僕がまだ年若く、心に傷を負いやすかったころ、父親がひとつ忠告を与えてくれた。その言葉について僕は、ことあるごとに考えをめぐらせてきた。〉(村上春樹訳)
〈「ひとを批判したいような気持が起きた場合にはだな」と、父は言うのである「この世の中の人がみんなおまえと同じように恵まれているわけではないということを、ちょっと思いだしてみるのだ」〉(野崎孝訳)
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1925年にスコット・フィツジェラルドが発表した『The Great Gatsby』。28歳の作品。
大戦後東部にやってきた29歳のニック・キャラウェイ。証券会社で働くことにした彼は、NY郊外のウエスト・エッグでの隣人、〈ギャツビー〉という経歴のはっきりしない、広い邸宅に住み豪華なパーティーを行う栄華の中の隣人を知る。

〈――ギャツビー、ぼくが心からの軽蔑を抱いているすべてのものを一身に体現しているような男。もしも間断なく演じ続けられた一連の演技の総体を個性といってよいならば、ギャツビーという人間には、何か絢爛とした個性があった。人生の希望に対する高感度の感受性というか、(中略)――それは希望を見いだす非凡な才能であり、ぼくが他の人の中にはこれまでも見たことがなく、これからも二度と見いだせそうにないような浪漫的心情だった。〉


ニックはふとした時に、隣人の姿を知ることになる。

〈声をかけてみようかと思った。ミス・ベイカーが夕食の席で彼の話を持ち出していたし、それが自己紹介のきっかけになるだろう。でも結局声はかけなかった。〉


自分一人で満ち足りているような隣人の姿。彼は暗い海に向かって、両手を差しのべるような仕草をする。離れたニックからも、彼が、震えていることが見てとれた。

〈反射的にぼくは、海のほうを見た――と、そこには、遠く小さく、桟橋の尖端とおぼしいあたりに緑色
の光が一つ見えただけで、ほかには何も見えなかった。もう一度ギャツビーの姿を探したときには、もう彼は姿を消していた。そしてぼくは、ざわめく夜の中に、ふたたび一人になったのだ。〉


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ギャツビーが手を差しのべたもの。5年もの月日をかけて、狂おしくひたむきに求めたのは、失った恋人、対岸の緑の光の先に住む、かつての恋人デイジーだった。ギャツビーが願ったのは、隣人のニックの屋敷での午後の茶会に彼女を招待し、豪奢な自分の邸宅を見てもらうこと……。
つつましかったその願いは、人妻となったデイジーを自分の元に取り戻そうとすることで、破綻を招いてしまう。


〈ギャツビーは、その緑色の光を信じ、ぼくらの進む前を年々先へ先へと後退してゆく狂躁的な未来を信じていた。あのときはぼくらの手をすりぬけて逃げて行った。しかし、それはなんでもない??あすは、もっと速く走り、両腕をもっと先までのばしてやろう……そして、ある美しい朝に??
 こうしてぼくたちは、絶えず過去へ過去へと運び去られながらも、流れにさからう舟のように、力のかぎり漕ぎ進んでゆく。〉


《Gatsby believed in the green light,the orgastic future that year by year recedes before us. It eluded us then,but that's no matter - tomorrow we will run faster, stretch out arms further ...And one fine morning -
So we beat on,boats against the current,borne back ceaselessly into the past.》




夏によく合う本。
映画→野崎孝訳→村上春樹訳で。細かい表現の違いがおもしろいです。
最初とラストの美しさにギャツビーが重なりあってせつない。




グレート・ギャツビー (新潮文庫)
フィツジェラルド
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グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)
スコット フィッツジェラルド
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by BOOKRIUM | 2010-08-23 23:45 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

『やがて哀しき外国語』

〈いちばんの問題は「自分にとって何ができるか、自分は何をしたいのか」ということを見つけることだと思う。別の言葉で言い換えれば、どこまで自分の疑問を小さく具体的にしぼり込んでいけるかということになるかもしれない。〉

〈ゼルダの絵を見ていると、僕はいつも芸術というものの意味について深く考え込んでしまうことになる。ゼルダの絵の多くは、素晴らしいインスピレーションを秘めている。そこに何か非常に大事なものが表現されているのだということを僕らはひしひしと感じ取ることができる。その絵が大きな才能のある人間の手によって描かれたのだということを知ることができる。しかしそれらの絵はきわめて芸術的であっても、真の意味での芸術作品にはなりえてない。そのふたつの世界を隔てるのはほんとうに薄い壁なのだ。しかしそこには壁が厳然としてある。そしてゼルダはその壁を越えてはいない。〉
「アメリカ版・団塊の世代」

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〈十年というのはけっこう長い歳月だが、なにごとによらず、僕はいろんなことを身につけたり、解消したりするのに他人より長い時間がかかる。〉
「誰がジャズを殺したか」

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写真合ってないけど。ゼルダはゼルダ・フィッツジェラルドのこと。
村上春樹のエッセイは好きです。




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by BOOKRIUM | 2010-06-15 00:39 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)
清明(せいめい)……「清浄明潔」の略。万物清く陽気となり、百花咲き競う季節。


〈四月のある晴れた朝、原宿の裏通りで僕は100パーセントの女の子とすれ違う。〉


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〈彼女は東から西へ、僕は西から東へ向けて歩いていた。とても気持ちの良い四月の朝だ。
  (中略)
 可能性が僕の心のドアを叩く。
 僕と彼女のあいだの距離はもう15メートルばかりに近づいている。
 さて、僕はいったいどんな風に彼女に話しかければいいのだろう?〉



村上春樹の短篇選集『象の消滅』の一篇。
彼女は綺麗なわけでも目立つところがあるわけでも、もう女の子と呼べる歳でもない。好みのタイプというのともちがう。
ただ自分にとっての100パーセント。
突然そんな話を彼女にしても、彼女はびっくりするだろうし、もしかしたらこう言うかもしれない。――〈あなたにとって私が100パーセントの女の子だとしても、私にとってあなたは100パーセントの男じゃないのよ、申し訳ないけれど、〉

32ともう若くはない、100パーセントではないかもしれない〈僕〉は、拒まれるのを恐れて話しかけられない。

〈花屋の店先で、僕は彼女とすれ違う。温かい小さな空気の塊りが僕の肌に触れる。アスファルトには水が撒かれていて、あたりにはバラの花の匂いがする。僕は彼女に声をかけることもできない。彼女は白いセーターを着て、まだ切手の貼られていない白い角封筒を右手に持っている。彼女は誰かに手紙を書いたのだ。彼女はひどく眠そうな目をしていたから、あるいは一晩かけてそれを書き上げたのかもしれない。そしてその角封筒の中には彼女についての秘密の全てが収まっているのかもしれない。
 何歩か歩いてから振り返った時、彼女の姿はもう既に人混みの中に消えていた。〉


ただすれ違った彼女に、どんな風に話しかければよかったか、今ならわかる。
それは、「昔々」で始まり、「悲しい話だと思いませんか」と終わる、小さなお話だった。

この寓話のような短い話を読むと、なぜかドーデの小説を思い出す。
お嬢さんと羊飼いと星の話。
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「象の消滅」 短篇選集 1980-1991
村上 春樹
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by bookrium | 2010-04-05 01:03 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)
〈小説を書こうと思い立った日時はピンポイントで特定できる。1978年4月1日の午後一時半前後だ。〉
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〈僕が「そうだ、小説を書いてみよう」と思い立ったのはその瞬間のことだ。晴れわたった空と、緑色をとり戻したばかりの新しい芝生の感触と、バットの快音をまだ覚えている。そのとき空から何かが静かに舞い降りてきて、僕はそれをたしかに受け取ったのだ。〉

二十代の終わり、もう若者とは言えない年代に、神宮球場の外野席でビールを飲みながら野球を観戦していた村上春樹が、小説を書いてみようと無心に思うこのくだりが好きだ。その小説はデビュー作『風の歌を聴け』になる。
自分の生まれた年にデビューしてたんだな、と、最近気がついた。
そして走っている。

〈僕は走りながら、ただ走っている。僕は原則的には空白の中を走っている。逆の言い方をすれば、空白を獲得するために走っている、ということかもしれない。〉



深く印象に残った部分。
人の少ない早朝の神宮外苑を走っていて日々顔を合わせた、個人個人でジョギングしていた二人の若い選手。彼らは合宿で交通事故に合い、一緒に亡くなってしまう。

〈今でも早朝に神宮外苑や赤坂御所のまわりのコースを走っていると、この人たちのことを折にふれて思い出す。コーナーを曲がったら、彼らが向こうから白い息をはきながら黙々と走ってきそうな気がすることがある。そして僕はいつもこう考える。あれだけの過酷な練習に耐えてきた彼らの思いは、彼らの抱いていた希望や夢や計画は、いったいどこに消えてしまったのだろうと。人の思いは肉体の死とともに、そんなにもあっけなく消えてなくなってしまうものなのだろうか、と。〉


この文章は、雪が降り積もるような静かさがある。


 

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by bookrium | 2010-02-12 16:25 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)