〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本のある生活です。


by bookrium
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「喜んで去る」

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〈何もかも色あせてみえると、月並みな言葉でいっておこう。ぼくの死を、笑ってくれる者が一人でもいてくれたら、小説家として、ぼくは満足である。自分を片づけられないから、つまり、ぼくはゴミを処理しているだけのことだ。ゴミの中には文字も入る。〉野坂昭如(前も取り上げたけど好きな文。ここから)

写真は鄙びて好きな川(地元ではないです)。

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by bookrium | 2009-11-30 00:08 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)
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高校生の時、好きだった句。
秋の山は点描画みたいで、すべてが美しいと思う。
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by bookrium | 2009-11-27 00:01 | 奥能登歳時記 | Trackback | Comments(0)

三浦哲郎『笹舟日記』

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写真は奥付。昭和48年5月発行。あとがきで著者は、〈これは昭和四十七年四月から翌四十八年三月までの一年間、毎日新聞日曜版に連載した小品のすべてを収めたものである。〉と書いています。

三浦哲郎の名前を知ったのは、高校生の時だった。
現代文の資料集の国語便覧(もうそれは無くしてしまったが)に紹介された近代の作家の略歴と作品紹介と、顔写真ではなくなぜかリアルタッチのカラーイラスト。泉鏡花とか中島敦とかの中で、三浦哲郎にひときわ衝撃を受けた(この3人以外誰が載っていたか覚えてない)。
自分の6歳の誕生日に海へ自殺した次姉、同年夏に長兄が失踪、翌年秋には長姉が服毒自殺、最後には次兄も失踪してしまう。残されたのは年老いた父母と目の不自由な姉…自らの中に流れる〈暗い血〉に思い悩み、やがて文学で身を立てていくまでが簡潔に紹介されていた。思わず泣きそうになった。当時。
この人の書くものには嘘がないのではないか、と思った。
根拠はなかった。17、8の自分が信じただけで、それは外れてはいなかったようだ。

〈じぶんたちきょうだいには、滅びの血が流れているのではないかと思い、ならば末弟の私はその血の分析に生涯を費やしてもいい、などと考えるようになった。私自身、滅びの血の共有者なのだから、〉
「磯の香のする遠景」

三浦哲郎は昭和6年(1931)3月16日、青森の呉服屋に末っ子として生まれた。
6歳の誕生日に船の上から津軽海峡へ身を投げた姉。ハンドバックと短歌の雑誌1冊と、函館までの三等乗車券、万年筆だけを残して。姉は19歳だった。〈姉はなぜ私の誕生日に死んだのだろう。姉には自分の死ぬ日が選べたのに。〉姉の死因を知らなかった小学生の時に、口論になった相手に〈「汝(うぬが)の姉ちゃん、死んだべせ。イルカに食われて死んだべせ。」〉と言われ、姉が事故ではなく自殺だと知る。郷里の中学で教師をしていた頃、一度だけ姉と同じように真夜中の津軽海峡を船で渡った。暗闇の甲板で吐気をこらえながら、死んだ姉がイルカにまたがって海面を飛んでいく光景を想像する。〈それは勿論、私の勝手な妄想にすぎないけれども、妙に頭に灼きついていていまだに忘れられない。〉

旧制中学に在学中は文学に興味はなく、バスケットボールの選手として活躍し〈ハヤブサの哲〉の異名を取る。国体で金沢にも遠征し甘いお汁粉にびっくりしたり。中学を卒業し、3年目の受験でなんとか早稲田の政経学部に入学する。魚雷の技師を経て、深川の木材会社に働いていた15歳上の次兄から毎月の生活費をもらっていたが、昭和25年に次兄は舞鶴に行ったまま失踪してしまう。失踪前、日比谷公会堂で兄と美しい女性とリサイタルを聞いた。
〈兄をまんなかに、三人並んで、夜の街を新橋のガード下まで歩いた。ガード下の暗がりで、兄は不意に立ち止まると、「おまえ、帰れ。」と私にいった。「うん、帰る。」と私が反射的に答えると、兄はなぜだか、ふっと笑った。「そのうち、下宿へいく。」そういうから、「うん、待ってる」と私も笑って、女の人の方をみると、その人は私たちからすこし離れたところに立って、銀座の空の方を仰いでいた。表情はわからなかったが、暗がりに仄白く浮かんだ横顔が、目に残った。
 兄が失踪したのは、それからまもなくのことである。〉
「もういちど逢いたい人」

大学をやめて郷里に帰り、中学の教師になったがそれも辞め、沈滞した暮らしの中、生まれつき目の不自由な姉が〈「私たち、もう死んだ気になって、自分の出来ることをやってみるより仕様がないんじゃない?」〉と立ち上がる。琴の師匠になった姉の支援を受け、今度は早稲田の仏文へ進む(この頃出会った英文科の小沼丹に無理を言って卒論を見てもらった話を、高校生のとき他で読んだ)。

身重の妻と一緒に都落ちするが、学生時代に同人雑誌を見てもらった小沼丹の紹介で、東京でPR雑誌の編集の仕事にありつく。
『忍ぶ川』で芥川賞を受賞したのは、昭和36年、29歳のことだった(受賞時の写真が男前)。

読んでいて、印象に残るところが数多くあった。

旧制中学の生徒だった頃、戦争が終わって少女たちがモンペからスカートに解放されたのを見た時の新鮮な驚き。自分の寄りかかっていた銀杏の葉っぱを取ろうと、かわるがわるジャンプする女学生たち。話しかけることもできずに無関心を装う。笑い声が起き、見ると少女の一人が防火水槽の縁に爪先立って葉っぱを摘み取っていた。

〈初めてみる女の膝の裏側は、ふくらはぎよりももっと白く、赤子の肌のように柔らかそうで、すべすべしていて、薄い皮膚からなかの血管が青々と透けてみえていた。私はあたまがくらくらとした。(中略)瞼の赤い闇のなかにまだ女の白い膝の裏がくっきりとみえた。〉
「もういちど逢いたい人」

肌の白、血管の青、目を閉じて広がる赤、の対比があざやか。

東北の「座敷わらし」が、飢饉の際に間引きされた子どもたちの亡霊ではないかという説を知って、親近感を持つ。それは六人兄弟の末っ子の著者自身が、間引かれるはずの存在だったから。成仏もできず、無邪気な怨念を抱いてこの世をさまよう「座敷わらし」たちのために、『ユタとふしぎな仲間たち』という童話を書く。

取材で見ていた過去の地方新聞に、姉の投身自殺の記事を見つける。
〈姉の死をきっかけにして、私の兄や姉たちがつづけざまに似たような身の滅ぼし方をした。だから、三月十六日は、私の誕生日であると同時に、私たち一家の衰運の日でもある。〉
自分の誕生日、子供たちに囲まれてひとときを過ごす。
〈私は歌い、馬鹿話をしてみんなを笑わせ、木刀で剣舞の真似をし、子供たちの馬になり、逆立ちをし——挙句の果てには酔い潰れて、みんなに寝床に運ばれる。
 誕生日など、なければいいと思うことがある。〉
「三月十六日」

この本は40歳頃の著者が妻と3人の娘に囲まれた生活を通して、思い出すことを淡々と綴っています。短い小品の積み重ねから、三浦哲郎の半生が浮かび上がってきます。それがけして悲愴ではないのが、凄いことだと思う。



 
笹舟日記 (1973年)
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三浦 哲郎
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by bookrium | 2009-11-26 10:22 | 好きな本 | Trackback | Comments(2)
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満天星躑躅とも書きます。鈴蘭や馬酔木のような花がかわいらしいです。こういう形だから、学名もEnkianthus perulatusとついたのでしょうか。enkyos(妊娠する)+anthos(花)→Enkianthus(ふくらんだ花)
秋は紅葉。白い花の写真は4/19撮影。
花言葉は「節制、返礼、私の思いを受けて、上品」など。
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by bookrium | 2009-11-24 12:58 | 奥能登歳時記 | Trackback | Comments(0)
2008年10月12日(日) 11:00~17:00 開催

  本と散歩が似合う街  不忍ブックストリート
  一箱古本市青秋部 東奔西走の記  秋も一箱古本市2008発表します!
  ナンダロウアヤシゲな日々  一箱だよ、おっかさん

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店主一覧
 光源寺
  はなめがね本舗  <お知らせ>続報・秋も一箱古本市!秋も一箱古本市 無事終了のご報告
  どすこいフェスティバル
  「やっぱり本を読む人々。」
  こちどり  「着物こちどり ごきげんまっつぐ日記」秋も一箱古本市・光源寺でお待ちしています。/「タマシギ♀のイケイケ日記」一箱古本市
  モンガ堂  一箱古本市
  ドンベーブックス
  おやじランナーの連帯
  あなたとは違う店
  旅愁の会
  ぱむだ書房  「海月揺々洞」ぱむだ書房開店
  「ぐるり」古本部
  Books195
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  古書・思いの外
  トカゲ書林
  たけうま書房  秋も一箱古本市2008に参加します!秋も一箱古本市2008
  カプリソ文庫
  屋根裏の散歩会
  嫌記箱  漫画屋無駄話 其の2530
  しょぼん書房  「今日も買ってしまいました」しょぼん書房開店無事終了売上金は。。
  Rits*
  モンド部
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  晴酒屋
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 ライオンズガーデン谷中三崎坂

  朝霞書林
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  あり小屋  「日日手帖」1日だけの古本屋さん♪
  blue beat books
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  ビンなが長屋
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  BOOKRIUM  秋も一箱古本市2008
  春笑亭
  Small&

  むぎ(ライオンズ)
  がらくたLION(ライオンズ)


 宗善寺

  四谷書房  「秋も一箱古本市」終了一箱の本の後片付け
  2丁目のさわだ屋
  野宿野郎   秋も一箱古本市 2008「秋も一箱古本市2008」に参加しました。その2「グッズ」「秋も一箱古本市2008」に参加しました。その3「ネブクロくん」「秋も一箱古本市2008」に参加しました。その4「多謝」
  つん堂
  AZTECA BOOKS  10月12日(日)は一箱古本市に出店します!
  NEW ATLANTIS  「***ephemera」一箱古本市販売予定物(の一部)
一箱古本市出品本リスト*その1
一箱古本市出品本リスト*その2
秋も一箱古本市2008
一箱古本市終了しました!
  ミウ・ブックス
  ゆず虎嘯  
  とら書房
  もす文庫  古本市レポート2008秋(当日、率直な感想編)古本市レポート2008秋(翌日、売り上げ編)古本市レポート2008秋(売れなかった本編)
  あいうの本棚  秋も一箱古本市
  とみきち屋   「とみきち読書日記」「秋も一箱古本市」に出店します。そして今日は下見に。「秋も一箱古本市」出品本紹介(1)「秋も一箱古本市」出品本紹介(2)「秋も一箱古本市」出品本紹介(3)「秋も一箱古本市」出品本紹介(4)「秋も一箱古本市」いよいよ明日。「秋も一箱古本市」、大変楽しゅうございました。
とみきち屋番頭の「秋も一箱古本市」体験記(1)南陀楼賞をいただいてしまいました!とみきち屋番頭の「秋も一箱古本市」体験記(2)とみきち屋番頭の「秋も一箱古本市」体験記(3)/「〈本と音楽〉 風太郎の気ままな水先案内」ブログを始めて一年 やはり「一箱古本市」?

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 「へのさん」の本でいっぷく  秋も一箱古本市2008が近づいてきましたああ、終わってしまった秋も一箱古本市

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  谷根千ウロウロ  一箱古本市 & かんのん楽市 ...etc.
  活版印刷つるぎ堂ブログ  一箱古本市

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訪れた人たち
  空想書店 書肆紅屋  本日は晴天なり〜秋も一箱市2008〜
  okatakeの日記  秋の日の行ったり来たり
  Little house beside the sea 一箱古本市
  晩鮭亭日常   本から得たものは本に返す。
  JANJAN TOKYOモザイク  第6回 千駄木「一箱古本市」 このB級感覚がたまらない
  Tracy Talk...「一箱古本市に行ってきたよ!」
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(参考にしました)
  モンガ堂日記  南陀楼綾繁著【一箱古本市の歩きかた】光文社新書 刊行記念感想ブログ集
  退屈男と本と街  「秋も一箱古本市」06リンク集。
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モンガ堂さんの日記にあるブログ集で、2008年の一箱古本市のリンク集がなく、気になってたので個人用につくってみました(秋だけ)。
不忍ブックストリートのHPでこの回の店主一覧が見つけられなかったので、自分の手元にある店主一覧からサイトのない店主さんのお名前も記録として書きました。

いろいろなブログを巡って、個人的に〈NEW ATLANTIS〉さんの箱に行って見てみたいと思いました(無理)。この量から〈とみきち屋〉さんが一箱古本市を楽しんでいらっしゃるのがよくわかっていただけるかと…。〈もす文庫〉さんの感想を読んで、そういえばすごい寒かった(そして秋の野外は暗かった)な…と思い出しました。

(これ製作途中)
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by bookrium | 2009-11-22 09:23 | 本のまわりで | Trackback | Comments(2)
小雪(しょうせつ)……日ごとに冷え込みが増し、木枯らしが吹き始める頃。本格的に冬に入ります。
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〈十歳で狩りに入った時から、彼は、自分が新しく生まれ直したと感じた。それは奇妙なことでさえなかった。空想したことを今度は実際に経験したのだ。だからいま見ている野営地もすでに空想した通りのものなのだった〉

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by bookrium | 2009-11-22 03:15 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

『虹色の蛇』と珈琲

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屋久島の珈琲店から一緒に送られた、長沢哲夫さんの詩集。
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by bookrium | 2009-11-19 21:50 | 本のまわりで | Trackback | Comments(0)
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『ムーミン谷の十一月』に出てくる食べもの。


〈ベランダでは、コーヒーが待っていました。みんな、自分のすきなようにしていました。めんどうなことはひとつもなく、すらすら、みんなうまくいきました。〉


 あたたかいコーヒー
 肉桂ビスケット(ほんものの、航海用のかたパン)
 おなかによくきくブランデーの小びん
〈バターをぬって、サンドイッチを六きれ作り、〉
 スナフキンの、まきで焼いたさかな
 プディング
 コロッケ
 びんづめきゅうり
 ピクルス
 もみの葉っぱ
 スナフキンのブラックコーヒー(ヘムレンは砂糖4つ)
〈さかながかくれている、うす茶色の大きなプディングから、ほかほかゆげが立っています。〉
 スナフキンの魔法びん(あるのか…)から紅茶(砂糖は好みで)
 まくがはるオートミールのスープ(スクルッタじいさんには不評)
 あったかい、黒い、すぐりのジュース
 あついさかなのスープ
 ほかほかのチーズサンド
 りんご酒
 くずチーズのはいったかめ
 ほかほかしているチーズサンドイッチ
  
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ほか好きな文。

〈ホムサは、しあわせでいっぱいでした。自分がどうすればいいのか、わかったのですからね。〉
 
〈ホムサは、庭をぶらぶら歩きながら、あの、大きなつぼのところまでやってきてしまいました。そこまでくると、思いました。ただ、しんせつなだけで、人のことが、ほんとうにすきではないような友だちなら、ほしくないや。それに、自分がいやな思いをしたくないから、しんせつにしているだけの人もいらないや。こわがる人もいやだ。ちっともこわがらない人、人のことを心から心配してくれる人、そうだ、ぼくは、ママがほしいんだ。〉

〈でも、ホムサは、目がさめたときにたいせつなのは、ねむっているあいだも、だれかが自分のことを考えてくれた、ということがわかることなんだ、といいました。〉

〈いなくなってしまう人と、あとにのこる人とは、いつも橋の上で別れるものです。〉

〈これは新しい世界でした。ホムサには、ことばで説明することも、絵にかくこともできませんでした。なにひとつ、絵やことばにしてやる必要もないのです。〉


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ちいさなホムサ=トフトは、ムーミン作品でいま1番好き(スナフキンやヨクサル、ミイ、おしゃまさん、はいむしのサロメちゃん、飛行鬼やモラン、スティンキーも好き)。

ところで、ムーミン谷を紹介するこの文、まるで昔読んだ「ジョジョ立ち」の人みたい…と思ったら、やっぱりご本人でした。特徴のある文。
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by bookrium | 2009-11-12 22:55 | 本のまわりで | Trackback | Comments(0)
立冬(りっとう)……冬の気配を感じ始める頃。この日から節分までが冬。これから一段と寒くなってきます。季節風が吹く時期。


〈秋になると、旅にでるものと、のこるものとにわかれます。いつだって、そうでした。めいめいの、すきずきでいいのです。
 でも、ぐずぐずしていて、とりかえしのつかなくならないうちに、どちらにするのか、きめなくてはなりません。〉


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1970年に発表された『ムーミン谷の十一月』。鈴木徹郎 訳。この講談社青い鳥文庫は1984年初版。
このムーミン谷の最後の物語(コミック除く)には、ムーミン一家は登場しません(理由は『ムーミンパパ海へ行く』)。

〈でも、足もとの土の上には、むくむくと、新しい生命が生まれはじめていました。くちはてたかれ葉の下から頭を持ちあげて、夏とは縁もゆかりもない、見なれない、すべっこいはだの植物が地面をはってもりあがり、人の知らない、秋の末の、ひみつの庭園ができかかっていました。〉
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ある秋の朝、旅立ったスナフキンは〈五つの音色〉をムーミン谷においてきたことに気づく。

ヘムレンのヨットの底にすむ空想好きな、〈太いうでの中に、しっかり自分をだいてくれる、輪にたばねたロープもすき〉な、小さなホムサ=トフト。ホムサは毎晩自分に自分がつくったお話を聞かせてやる。それは、林や谷間を抜け、ムーミン谷へ行き、ムーミン家を訪れる空想。〈先のまるっこい、やさしそうな鼻〉をもったムーミンママ。ホムサはもう空想の玄関の前で待つのを止めて、ムーミン家のひとたちに自分を知ってもらいに旅立つ。

人に会わず閉じこもっていたけど、掃除も自分も嫌になって、人に会いたくなったフィリフヨンカ。
〈よその家をたずねるのです。人に会いにいくのです。一日じゅう、おしゃべりをして、ゆかいにさわいで、いそがしく、うちから出たりはいったりして、うすきみのわるいことなんて、考えているひまのない人たちに、会いにいくのです。
 そういう人たちって、そう、ヘムレンさんではないわ。ミムラねえさんでもないわ。ミムラねえさんだなんて、とんでもないこと! ちがう、ちがう、ムーミン一家の人たちよ。〉


毎日毎日決まりきった暮らしが嫌になったヘムレン。歯ブラシだけポケットに突っ込んで、懐かしいムーミンパパに会いに行く。

長く生きて、自分が誰だか忘れてしまい、新しく自分を名付けるスクルッタじいさん。何もかも捨ててムーミン谷へ行く。

頭の形をご自慢のミムラ形に結ったごきげんなミムラ姉さん。ムーミンの家に養女に行ったミイに会いに行く。

いろんな人たちが会いにきたが、ムーミン一家は留守だった。かれらはムーミンの家で、バラバラで奇妙な共同生活をおくる。騒々しいみんなに、スナフキンはうんざりし、ヘムレンが作った立て看板に激しくキレる(前は公園の立て看板を引っこ抜きまくっていた)。

〈はっと、きゅうにスナフキンは、ムーミン一家がこいしくて、たまらなくなりました。ムーミンたちだって、うるさいことはうるさいんです。おしゃべりだってしたがります。どこへいっても、顔があいます。でも、ムーミンたちと一緒のときは、自分ひとりになれるんです。いったい、ムーミンたちは、どんなふうにふるまうんだろう、と、スナフキンはふしぎに思いました。夏になるたびいつも、ずっといっしょにすごしていて、そのくせ、ぼくが、ひとりっきりになれたひみつがわからないなんて。〉

ムーミン屋敷で仲が悪いなりにも、少しずつ寄り合う人たち。
やがて別れが来て、ムーミン家に残ったのは小さなホムサだけになる。最後の章のホムサが好きです。
自分の頭で描いていた小さな世界がうすれ、絵や言葉にできないあたらしい世界を知る。そして山のてっぺんで、水平線の向こうにムーミン一家の舟が帰ってくるのを待つ。


1945年のシリーズ第1作『小さなトロールと大きな洪水』からはじまったムーミンの物語が、25年かけて『ムーミン谷の十一月』で終わるのは、いいなあと思います。

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by bookrium | 2009-11-07 16:08 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

          〈細い将来しか
           山峡に描けず
           索漠とした
           家に生まれ
           手にしたものは本しかなかった〉


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11月2日に届いた、金子彰子さんの私家版の詩集『二月十四日』。
先日、「いま気になるもの」のひとつとして取り上げたところ、ご本人よりコメントがあり、縁あって1冊いただきました。表紙に直接メッセージが書かれていて、ちょっとびっくりしました。ありがとうございます。

この詩集ができるまでの一連の流れ、金子さんの詩、人と人の縁、というものに注目していました。でも自分が手に取れることはないだろうと思ってブログに取り上げたので、どしゃぶりの雨風の強い日にポストに入っているのを見た時は、おぉと思った。コピーをホッチキスで留めた、ご自分で製本した、17篇を収めた薄い詩集です。桃色の和紙の裏表紙がかわいらしい。
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表題作の「二月十四日」は金子さんが十代の時に書かれた詩。それは井坂洋子『ことばはホウキ星』という本に収められ、いくつかの詩は雑誌『鳩よ!』に掲載された。
しかし表現の場を見つけられず、いつしか詩作を止め、働き、生活されていた。

〈「二月十四日」が生まれてから、このささやかな詩集を編むまでに、四半世紀の時が流れています。〉


あとがきで金子さんはそう言います。
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金子さんを触発したのは、今年の3月に東京で行われた、詩人のpippoさんとライターの岡崎武志さんのライブ&ポエムショーで朗読された、15歳の自分が書いた詩「二月十四日」でした。
その詩は岡崎さんのブログで紹介され、山本善行さんのブログに広がり、お二人と出会った金子さんが「書かないなんてもったいない」という言葉に、また詩を書き始める。
金子さんは自分の詩の表現の場に春からブログを開設し、今の生活から生まれた詩と、『鳩よ!』に掲載された過去の詩が同居する。それらの詩を目に留めた人たちが、またブログなどに書き、広がってゆく。金子さんも刺激を受け、過去の少女の詩と今の詩を合わせた17編をまとめた、手作りの詩集を作る。あとがきは、40回目の誕生日に書かれた。
そして、金子さんは東京の古書店「音羽館」や、京都の古書店「善行堂」に無料の詩集を置き、完成した詩集が欲しいというひとたちが現れ始める。その一人が、自分でした(でもたいへんそうなのでご本人のブログには書き込めなかった。そのころはスムースでいつか本になるかな? という可能性を持ってた)。

京都・知恩寺での古本まつり、それに合わせて10月31日に仕上がった20数冊の詩集を持って善行堂さんへ行った金子さんを待っていたのは、金沢の出版元・龜鳴屋さんの、あらためて詩集にしませんか、というお誘いでした。
そして、金子さんの手元から→京都→金沢(龜鳴屋)→〠→能登を移動し、わたしのところまで『二月十四日』がやって来ました。

〈昨日のことを考えていたら、いつもの仏壇屋の前、信号待ちで目と鼻から泪が。たとえ、それが文学ではないとしても、おまえはどうしても書きたいことがあるんだとルームミラーの自分を見て思った。それを掘り起こしていただいた方々に感謝を捧げる。〉


11月1日「忘れないように」と書かれた、金子さんのブログ。金子さんの詩や言葉からは、いつもひたむきさが伝わります。照れのない、真正面さ。半年で、人はここまで突き進むのだと。いつの日か、本当に1冊の本になったらいいなと思います。
冒頭に一部引用した「本」という詩が好きです。この詩を読んでいたから、詩集を欲しいと思いました。これはたぶん現在の金子さんが書かれた詩かと思います。

たまに、自分の針が振れる言葉が世の中にある、と思っていた。
これは、振り切った。
〈たとえ、それが文学ではないとしても、〉この一篇に引き寄せられる人は、まだ現れると思います。



          〈細い将来しか
           山峡に描けず
           索漠とした
           家に生まれ
           手にしたものは本しかなかった


           粘土に彩られた町で
           生計をたてていくすべをしるも
           地縁もなく
           しゃべれば不興を買う
           失笑の生活史
           貝のように生きて 
           ざるの底で見つけたのは
           あの言葉だったろうか


           ながれてゆくには障りがあると
           それをかみちぎり
           放擲したつもりでも
           胸をさわれば
           しずかな文字たちが
           海の砂のように
           確かにつもって
           しずんでいる〉





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by bookrium | 2009-11-04 17:18 | 好きな本 | Trackback | Comments(2)