〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本のある生活です。


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<   2009年 07月 ( 6 )   > この月の画像一覧

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現在、徳田秋聲記念館では、生誕110年を記念した島田清次郎の展示をしています。
前期 7/18~8/20、後期 8/21~9/23まで。
8/9には小林輝治氏の講演と映画『地上』の上映会(泉野図書館)、9/5には山本芳明氏の記念講演(徳田秋聲記念館)が行われるそうです。
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by bookrium | 2009-07-30 21:07 | 北陸の作家 | Trackback | Comments(0)
大暑(たいしょ)……太陽が黄径120度を通過する日。暑さが最も厳しい時期。大暑を過ぎれば夏も終わり。


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1972年(昭和47年)5月15日、沖縄は本土に復帰した。
曾野綾子の短編集『星と魚の恋物語』。新潮社から、作品集は1972年(昭和47年)6月に、文庫は1977年(昭和52年)に初版が刊行された。曽野綾子はあまり読んだことがない。題名の美しさ、〈星の章〉〈魚の章〉〈恋の章〉というのと、巻末のコルベ神父の話に興味があった。


沖縄の中学3年生、具志堅健次はひどい吃りだった。勉強するより体を動かすことのほうが好きで、母親が女中として住み込んでいる南風荘の仕事も嫌がらずに手伝っている。

〈吃るので、客に接する所へは出されないで済む。そのことだけで、充分ありがたい。或る日学校で「幸福」という題の作文を書かされた時、作文の苦手な健次は困ってしまったが、自分は確実に「こうふく」のような気がしたのだ。
「ぼくはこうふくです。こうふくでないということは、どういうことなのか、よくわかりませんが、ぼくはずっとこうふくでした」〉


父親の顔も知らない健次は、皆からいくらか不幸な子だと思われているらしい。しかし健次は、「ふしあわせ」ということはもっと直截な形だと思っている。
中学を出た春、健次は沖縄に来た人買いの誘いで、金沢でコックの仕事につく。見たことのない〈雪の降る土地〉に憧れていた。
〈金沢ホテル〉でコックの見習いとして忙しく働きはじめた健次。まわりは吃りの彼を白痴扱いし、仲間外れにするが、健次には気楽だった。
夏のある日、健次は香林坊の繁華街で、人魚のような少女に出会う。
大きなガラス張りの喫茶店の奥で、退屈そうに長い髪を唇で弄んでいる、くっきりとした驕慢な眼差しの少女。健次はそれを〈自分の好感や憎悪に対してまっしぐらに走っている眼つきだと思った。〉

少女は〈金沢ホテル〉の社長の次女、璃々子(りりこ)だった。社長は愛人がいる代わりに妻子にしたい放題させ、璃々子は高校からは買い与えられた東京のマンションで暮らしていた。夏休みなので金沢に帰ってきたが、何か欲しくなるとホテルから持っていく。ある時、健次にバーの酒壜を運ばせ、璃々子は尋ねる。〈「あなた、ブリッジできる? セブン・ブリッジ」〉それがトランプの遊びだと、健次は知らなかった。

ある夜、健次は璃々子に呼び出され、彼女の家で女友達と一緒にセブン・ブリッジをすることになる。そこで健次は、生まれて初めて他人と共にある喜びを知り、夢中でゲームに打ち込んだ。散々遊んで明け方の4時近くになると、女友達も眠ってしまう。

〈健次はふと、璃々子の方を見た。
 彼女は、座布団を胸に当てがって腹這いになり、ローマの遊び女のようなしなやかな眼つきで健次を見た。
「これから、あんたは私の手下になるのよ」
 彼女は小声で言った。健次は朦朧とした気分で頷いた。
「それなら、五分間だけ、私と一緒に寝かしてあげる」〉


差し伸ばされた柔らかく細い腕の上に、健次は頭をのせた。魔術にかかったように。

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9月、ホテルで健次は璃々子と再会する。夜の待ち合わせに現れたのは、二十歳過ぎの青年の車に乗った白い花のような璃々子だった。失望した健次を乗せ、向かったのは夜の海岸。3人は無人の別荘に忍び込んだ。健次は月の光の中にいる美しい璃々子を、〈星から来たんだ〉と思う。
華やかで短い金沢の秋、健次は東京から頭の病気で帰ってきたと噂される璃々子と孔雀の飼育場へ行き、逃げ惑う孔雀の群れに、璃々子は社長の猟犬を放す。何も聞かない健次を、璃々子は〈いい人〉だと言った。

暗い雨の日々が続き、雪が降り始め、健次は仕事に熱も入らず、将来コックになる希望も失っていた。沖縄に帰ることを考えもするが、それでも、暗く冷たい町に息が詰まりそうになっても、璃々子がいるこの金沢から離れられずにいた。
ある日、健次は自分から璃々子を誘う。
激しい雪の中、青年の運転する車で寝静まった漁村へ着くと、璃々子は「暗すぎるわ」と呟いた。璃々子と青年は、健次に船を燃やせと言い、船がよく見える峠の上で待っていると去って行く。渡されたガソリンと新聞紙。菓子でも選ぶように燃やす船を選んだ璃々子。健次は璃々子の望みに従う。

〈そうだ、これはあの娘の希望だったんだ、と健次は思いついた。何か発見をしたようだった。あの子は暗すぎると言ったのだ、世界が。もっと明るくしようと言ったのだ。それは希望なのだ、璃々子の。(中略)
 そうだ、魚が星に恋をしたのだ。星が泣かないのは、周囲が醜すぎるからだ。魚が泣かないのは、涙が海水と混って泣いているとさえ見えないからなのだ。星が口をきかないのは、人間を信じていないからだ。そして魚が口をきかないのは、何ということはない、只吃るから……。〉


暗い夜に荒れた海と雪の中、船は燃え盛り、健次は璃々子たちを追って走り出す。吹雪の中、たどり着いた峠の頂上で健次を待っていたのは、灰色の雪と闇だけだった。

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〈あれが、絶望を溶かす火だったのに! 何という完全な温かさであり、まぶしさであり、詩であることか。このような完璧な陶酔を健次はまだ味わったことはなかった。そうだ、明日は消えたのだ。明日を売って健次は今を購ったのだ。なぜそのような愚かしい真似をしたのか。答えは誰かに聞いてくれ。決して本当の理由をわかりっこない他人に聞いてくれ。
 健次は凍えながら足許を見た。灰色のズボンは降り積もった雪に白くなりかけていた。
 船は末期の癩患者のように、爛れた部分を海の中に血膿を散らすように落し始めた。
 半鐘が続けて鳴った。
 健次はその場へ跪き、そのまま、船の燃え尽きるのと同時に意識の失われるのを待とうとした。しかしそれよりもなお強く、恐怖が彼を駆りたてた。そこに向って歩けば、魂の破滅が待ち構えていることを知りながら、彼は救いを求めて最も近い村の家の灯めざして歩き始めた。〉



曽野綾子は終戦の前後10ヶ月ほどを金沢で過ごした。
この小説は長い話ではないのだけど、健次のこの後の人生はどうなってしまうのだろうと、よく考えてしまう。
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by bookrium | 2009-07-23 00:37 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)
小暑(しょうしょ)……梅雨明けとともに、だんだん暑さが増してくる頃。今日から次の大暑までが「暑中」になるので、暑中見舞いを書きはじめる時期。


〈「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」〉


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写真は『MOE 1995年3月号』の1頁と、昨年の新潮文庫期間限定カバーの『新編 銀河鉄道の夜』。
MOEの特集は生誕100年を控えた「宮沢賢治──不思議な合図」。写真の頁はますむらひろしのエッセイに添えられた、『銀河鉄道の夜』(最終形)に出てくる数々の色を忠実に並べたもの。この頁がきれいで、昔金沢の「山猫夢幻堂」という不思議な店で買いました。

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『暮しの手帖』40号では「活版印刷よ、ふたたび」という記事があり、印刷所で作業している写真があります。学校帰りのジョバンニが虫めがね君とからかわれながら細かい活字をひろうのを思い出しました。

〈空気は澄みきって、まるで水のように通りや店の中を流れましたし街燈はみなまっ青なもみや楢の枝で包まれ、電気会社の前の六本のプラタヌスの木などは、中に沢山の豆電燈がついて、ほんとうにそこいらは人魚の都のように見えるのでした。子どもらは、みんな新しい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり、
「ケンタウルス、露をふらせ。」と叫んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃したりして、たのしそうに遊んでいるのでした。〉


〈ケンタウルスの星祭〉は、なんとなく七夕の星祭りを連想します。

〈ケンタウルスの祭〉の一夜にジョバンニが体験した不思議な旅。ジョバンニが乗った軽便鉄道。
前の席に乗っていたのは、〈ぬれたようにまっ黒な上着を着た〉友人カンパネルラでした。
鉄道は天の川の左岸を南へ南へと線路が続きます。

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天の川に身をひたして横たわるような白鳥座の、〈しずかに永久に立っている〉天空の白い北十字。
〈白鳥の停車場〉に降りた二人は河原に行きます。

〈カンパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌にひろげ、指できしきしさせながら、夢のように云っているのでした。
「この砂はみんな水晶だ。中で火が燃えている。」〉


南十字(サウザンクロス)へ向かうジョバンニの上着のポケットには、知らない間に切符が入っていました。この不思議な切符の描写が好きです。

〈四つに折ったはがきくらいの大きさの緑いろの紙〉
〈いちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込まれてしまうような気がするのでした。〉
〈「おや、こいつはたいしたもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさへ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手に歩ける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」〉


ジョバンニがなぜこの〈どこまでも行ける〉汽車に乗れたのか、はっきりとは描かれません。
カンパネルラの親友だったからか、カンパネルラとジョバンニの双子性、〈そのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。〉と考える、聖人を暗示する名前のジョバンニだからか。
タイタニック号を思わせる海難事故に合い、他の家族を押しのけて幼い姉弟を救うよりも、神の前にこのまま行く方が幸福だと、その罰は自分が受けようと考えた家庭教師の青年。天上へ行くためにサウザンクロスで汽車を降りる3人に、ジョバンニが言う言葉。

〈「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなけぁいけないって僕の先生が云ったよ。」〉


天上へ行くことが許されているジョバンニが、地上での他人の〈さいわい〉を望むのが印象深かったです。


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by bookrium | 2009-07-07 23:23 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)

閏月――旧暦日々是好日

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LUNAWORKS発行の『旧暦日々是好日』2009/1/26~2010/2/13までのダイアリーです。これは瓜色のカバーのないタイプ。
協力に美篶堂、二期?楽部。裏表紙には金の兎が印刷されています。
図版が多いので、ダイアリーより和文化の読み物として楽しめます。
西暦と旧暦で表示されていて、各頁に和歌や俳句や詩、季節ごとの図案やその意味が書かれていて楽しいです。

新暦(太陰暦)では太陽が地球の周りを1周する365日で1年としています。
旧暦(太陽太陰暦)では月の満ち欠けを12サイクルした354日で1年としています。
旧暦では1年に11日不足するので、19年に7回「閏月」を入れて、1年を13ヶ月にしています。
平成21年はその閏年にあたるので、閏皐月があります。旧暦の5/30(新暦6/22)が終わると、閏5/1(新暦6/23)がはじまります。閏皐月は29日まであり(新暦7/21)、翌日から水無月がはじまります。

月の満ち欠けや、季節の移り変わる節目を表す二十四節気など、24時間×365日という単一な時間軸では感じられない日々を教えてくれます。新暦のカレンダーの生活では存在を知らなかった「閏月」というものが、おもしろいなと思いました。
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by bookrium | 2009-07-06 23:48 | 本のまわりで | Trackback | Comments(0)
白居易の詩から。
人間世界から離れた寺院で人知れず咲いていた花に、白居易は名をつけた。
紫陽花は日本固有の花なので、白居易の見た花は別の花とも言われる。

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いろんな色がある紫陽花の花言葉は、「移り気、浮気、無情、冷酷、辛抱強い愛情」など色々。
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by bookrium | 2009-07-04 23:31 | 奥能登歳時記 | Trackback | Comments(0)
半夏生(はんげしょう)……七十二候のひとつ「半夏生(はんげしょうず)」からつくられた暦日。かつては夏至から数えて11日目としていたが、現在では天球の黄経100度の点を太陽が通過する日。

農家にとって節目の日。
この日は天から毒気が降ると言われ、井戸に蓋をして毒気を防いだり、この日に採った野菜は食べてはいけないとされていた。
この頃に降る雨を「半夏雨(はんげあめ)」といい、大雨になることが多い。

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〈Nazasawa Tetsuo. A poet of laconic,enigmatic,experimental poetry.(長沢哲夫は、簡潔でしかも謎に満ちた実践的な詩を書く詩人だ。)〉


詩集『つまづく地球』の序文で、ゲーリー ・スナイダーはそう書き出しています。

〈He 's tough as a whip, no wasted words.(ナーガは鞭のようにしなやかでタフで、けっして言葉を無駄にしない。)〉


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これは2003年に出た小さな冊子。
東シナ海に浮かぶ吐噶喇(トカラ)列島の諏訪之瀬島という火山島。
長沢哲夫はその島に留まり、家庭を築き、漁師となった。

以前、諏訪之瀬島の噴火について答える漁師・長沢哲夫の記事を見た(火を噴く山の写真も本の中には入っている。この島でももうすぐ日食が見られるのだろうか?)。
それを目にした時は、『ふりつづく砂の夜に』に入っている宮内勝典の序文「一秒の死を歩きながら」を思い出した。屋久島の食堂にあった新聞で、宮内はナーガに再会する。詩人ではなく、漁師として、鹿児島で人気を集めている一夜干しのトビウオについて淡々と答えるナーガ。宮内はくすくす笑い、その記事をこっそりポケットに入れる。

〈いつか宮沢賢治のように仰がれるはずの詩人が、ここに隠れているのだと感じながら。〉

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気に入っている詩はいくつもあるけど、特に冒頭の短い詩が好き。
それは、ナーガのことを、〈He hangs out at the cliff where language stops at the edge of emptiness.(言葉が無の境界に立ち止まる崖の端を、彼はさまよう。)〉と書いたゲーリー・スナイダーの言葉と響き合っていると思う。


〈心にひとしずくの青い無が
 
 坐っている

 潮のかおりにのって〉



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by bookrium | 2009-07-02 20:13 | 好きな本 | Trackback | Comments(0)