〈bookrium=book+aquarium〉本の海を回遊するブックリウムの、本と陶芸のある生活です。


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小満――『夏の読書(A Summer's Reading)』

小満(しょうまん)……陽気が盛んになり、草木がぐんぐん伸びていく季節。

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昭和46年初版、昭和52年9刷の新潮文庫『マラマッド短編集』加島祥造訳。新潮文庫の海外作家短編集のカバーが好きです。装丁は麹谷宏。『夏の読書』はこの中の13の短編のひとつ。短いけれど印象的な小説。


ニューヨークに暮らすジョージ・ストヨノーヴィチは16歳の時に衝動的に高校を辞めた。今年の夏は就職難で仕事が見つからず、夏季学校に行こうかと思ったが周りより歳をとっていた。
ジョージも20歳近くなので女の子と遊びたい年頃だが金はない。家族は、魚市場で働く貧しい父、ブロンクスにある食堂で働く姉のソフィがいる。ジョージはソフィが食堂から持ち帰ってきた新聞や雑誌を、それらが低級なものでも、読むのが好きだった。
ソフィに一日中自分の部屋でなにをしているのか聞かれ、ジョージは、自分もうんと読書をしているのだと嘘をつく。

夕食後涼しくなってから、ジョージは家を出て近所をぶらつく。特に親しい人もいないし、特別にゆく所もないから、少し足を伸ばして公園にゆく。そこはジョージの最後の楽しみにしている場所だった。ベンチに腰を下ろし、あてのない将来のもっとよい暮らしを想像する。

〈自分もいつかはよい仕事について、並木のある通りに面したポーチつきの家に住みたい、と思った。ポケットにはいつでも何か買えるだけの金があり、いっしょに出かけられる女友達があればいい、そうすれば、とくに土曜の晩など、こんなに寂しい思いをしないですむと考えた。みなが自分を好きになり尊敬してくれればいいなあと思った。しじゅうこうしたことを思っていたが、とくに夜になって独りきりでいるときがそうであった。十二時ごろ、彼は立ちあがって、自分のいる地区、暑くて無表情なあたりへもどってくるのである。〉


ある晩、ジョージは地下鉄の切符売りの仕事帰りのカタンザラ氏と出会う。カタンザラ氏は近所の人間とはタイプが違うとジョージは思っていた。カタンザラ氏はジョージにたずねる。「ジョージ、今年の夏はなにをしておるのかね?」

〈「家にいるんです――だけども教育をつけようと思って、うんと読んでるんですよ」〉


自分が働いていないと言うのが恥ずかしくて、ジョージはそう言ってしまう。図書館でもらった100冊の読む本のリスト。それを全部、この夏はよんでゆく。ジョージは気まずく情けない気持ちになったが、カタンザラ氏は何冊か読んだら、本の話をしようじゃないかと言って別れた。

それ以来ジョージに対して、街の人々が家族が彼の読書計画を知ってか、優しくなる。ジョージもなんとなしに前よりこの人たちを好きになってくる。ソフィのために家を掃除したり、こづかいから廉価本を買ったりした。しかし、本は読まなかった。だんだんジョージはカタンザラ氏を避けるようになる。
ある晩の散歩中に、ジョージは酔ったカタンザラ氏と出会ってしまう。カタンザラ氏はいたずらっぽい微笑をした。

〈「ジョージ」と彼は言った、「あのリストのなかでこの夏に読んだ本をひとつだけ言ってごらん、わしはおまえのために乾杯するでな」
 「ぼくはだれにも乾杯なんかしてもらいたくないですよ」
 「一冊だけ名を言ってくれんかね、そしたらこっちも質問できるからな。もしかすると、それはわしだって読みたくなるような本かもしれんしな」
 ジョージは自分が外面だけは普通だが内側はばらばらになってゆくのを感じた。
 答えることができぬまま、彼は目を閉じた、そしてまた眼をあけたとき――それは幾年も過ぎたあとのような感じだった――彼はカタンザラ氏が、不憫な気持から、立ち去ってしまっていたのを知った、しかし彼の耳には氏が立ち去るときに言った言葉がまだ響いていた、――「ジョージ、わしのしたような間違いをするんじゃないよ」〉


次の晩から一週間、ジョージは自分の部屋に閉じこもった。本当は本を読んでいないことに気づいたソフィにののしられ、年寄りの父親に泣かれても、ジョージは動かなかった。
ある夜、熱さに耐えられなくなってジョージは真夜中の街へ飛び出す。恥ずかしくて避けていた街の人々がまだ自分に好意的なのを知り、ジョージは少しずつ自信を取り戻す。カタンザラ氏はジョージの嘘を誰にも話さなかったのだ。
同じ晩、ある男がジョージに、君の歳でうんとたくさんの本を読み終わったなんてすばらしい、とほめる。「うん」とジョージは答え、ほっとする。彼の読書計画が終わり、誰ももう噂しないだろうと考えたから。2、3日後に偶然会ったカタンザラ氏も、本のことを口にしなかった。ジョージは、自分が本をすべて読み終えたという噂を広めたのは、カタンザラ氏にちがいないと想像する。……

ニューヨークの貧しい下町で、よい本を読むということが、すばらしいことだと思われている素朴さ。ひとつのきっかけで無表情な街が優しく微笑みかける。この小説の最後は好きです。

〈秋になったある夜、ジョージは家を出ると、幾年にも行ったことのなかった図書館へと走っていった。そこには、見まわす所どこにも本があった。そして内心の震えるのを押さえるのに骨折ったけれども、容易に百冊の本を数えあげると、それからテーブルの前にすわって読みはじめた。〉


バーナード?マラマッド(Bernard Malamud 1914-1986)はニューヨークのブルックリン生まれ。両親はユダヤ系のロシア難民。
訳者の加島祥造はマラマッドの経歴から、彼の作品の形成に影響を与えた3つの点を上げている。
 ニューヨークの下町で生まれ育ったたことからくるアメリカ的な軽快さ
 父母からうけた旧大陸のユダヤ人たちの生活態度や考え方の暗鬱さ
 青年期以後に身につけた文学的?知的教養
貧しい家庭に育ったマラマッドは大学卒業後高校の教師をしながら研究を続け、31歳になった1945年にイタリア系の女性と結婚。その3年ほど前からすこしずつ短編を書きはじめていた。

1971年に書かれた文庫の訳者あとがきで、加島祥造はマラマッドの技法について、〈彼の内奥にある人間観を芸術として示そうとする努力〉だと書いています。

〈そして彼の人間観とは何かと言えば、つづめて言えば、それは虐げられた人間をして最後まで人間たらしめるものへの信念とでも言えるだろうか。それは人間の心を支える最後の支柱になるものであり――それをマラマッドは彼の作品のなかで常に表現しようとしてきたのであり、その信念はときには宗教的情熱にちかいものとなる。しかしながらそれが説教としてではなく、人々の心へいつしか滲みこむような民話的な素朴な文体のなかで語られるのであり、そこにマラマッドの作品の独特の魅力があるといえよう。〉



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by bookrium | 2009-05-21 12:43 | 当世本二十四節気 | Trackback | Comments(0)